1976年度 その1

1976年度発売のバンダイ模型の低価格プラモデル。

忍者キャプター
火忍・雷忍・水忍・花忍・土忍・金忍・風忍

箱入り各80円、4箱セット「キャプターパックA、B」各300円。
画像はキャプターパックBで、残り3種と火忍のセットがパックA。製品番号はどちらも8614-300。
75年度までのブラウン管を思わせる箱デザインは継続されませんでした。


「パズルモ」などの流れを受けてか2色成形が導入され、パーツ分割も工夫されています。
型は7人で共用されており画像向かって左上のヘルメットの飾りのみ差し替えて成型されています。


画像左は梱包前のランナー状態。完成時サイズは10㎝前後です。
大箱7体セット「飾り台付忍者キャプター」(カスタムシリーズ10, 8617-600)も発売されました。


分割と2色成形で組み上がりのイメージは良好ですが、7人がすべて同じ体型になってしまうため映像作品の印象とはかなり異なります。


ミドレンジャーとの比較。キレンジャーやモモレンジャーは個性的な体型が再現されていたことも合わせて考えると、キャプターは造型的には後退した印象です。



ゴレンジャーまでのバンダイ模型のヒーロープラモはある程度のリアルさを備えた「模型的」な造型でしたが、キャプターでは組み立ての簡易性が優先されて「玩具的」な造型に変化しています。
こうした傾向は1976年以降のバンダイキャラクタープラモ全般に見られる特徴です。


例えばマジンガーやゲッターではコクピット再現はある程度の彫刻とクリアパーツが定番でしたが、76年以後はシールなどでの表現にとどまることになります。

このころの成型技術では精密な形状再現と簡易組み立ての両立はまだ困難でした。それでもユーザーのハードルを下げるための接着不要や多色成型といった規格を採用したのは、キャラクター作品の対象年齢の低下と関係があるかもしれません。

1971年度後半の全国的なライダーブームのころは、ファン層は幼児から小学生全般くらいまでカバーしていたイメージですが、ヒーロー乱立による「変身ブーム」、マジンガーZに始まる「ロボットブーム」と推移するなかで徐々に年齢層が低下していき、ゴレンジャーとロボコンでそれが決定的になった印象があります。
こうした流れに敏感に対応したアオシマは「多色成形・接着不要」という低年齢向けの仕様で「ミニモデル」「合体マシン」といったシリーズをヒットさせており、バンダイ模型もこの動きに追随したと考えられます。
ただし簡易組み立て仕様を実現するためには形状の簡略化やパーツ数削減が必要であり、これは「プラモデルはオモチャではない」「精密なスケール模型こそプラモの王道」という意識が強かったという当時のバンダイ模型社内の意向には沿っていません。
現場スタッフの意識とは別の部分で、簡易仕様の導入が強く求められていた可能性も考えられます。


1977年からのヤマトブーム時には従来より高い年齢層のキャラクタープラモユーザーが掘り起こされ、形状重視・接着必須のディスプレイ指向が生まれます。ただし主要なヤマトプラモは一部塗装済みとなっており、簡易性の追求はここでも異なるかたちで継続しています。

画像のヤマトの船体下部の赤、コスモタイガーのオレンジ部は塗装済みで、未塗装でも設定に近いイメージになるよう配慮されています。
1978・79年ころまでは形状再現と簡易組み立てのどちらを優先するかで揺れと混乱が見られますが、おおむねアニメ・SFファン向けは形状重視、怪獣ものなどは簡易性優先という状況でした。



この問題は1980年発売のガンプラ第1号「ベストメカコレクションNO.4 1/144機動戦士ガンダム」を転機としてある程度決着することになります。
当初のベストメカコレクションシリーズは、接着剤は使用するものの設計上はスナップフィット前提で大型の接合ピンが採用されていました。(接合ピンについてはこちら)
ガンダムに先行して発売された「闘士ゴーディアン」には「接着剤はピンの先端に付けるだけで充分」との表記があり、接着は成型精度を補うための保険のような意味合いだったと思われます。
ガンダムの設計担当の村松正敏氏は電撃ホビーマガジン(2007.8)のインタビューで「会社の方針でスナップフィットを目指したが金型精度の問題で実現できなかった」と述べています。
確かにガンダムもスナップフィットが試みられたようで大型の接合ピンが使用されていますが、形状や可動が追求されたためか細部は接着必須の小さい接合ピンを使用しています。画像左のランナーは大型のピン、右ランナーは小型ピンになっています。
続く「1/144ザク」からはすべて接着必須の小型ピンに統一され、スナップフィットは一部の低価格プラモ以外は消えることになります。


その後のガンプラブーム時には接着・塗装はおろか改造まで当たり前という風潮になりますが、こうした傾向は主にブームを牽引した雑誌メディアの視点であり、バンダイ模型自体は簡易性の追求を継続しています。
色数の少ないザクなどは1/100以上では未塗装でも設定に近いイメージに組み上がる設計になっていますし、ハードユーザー向けのMSVシリーズの展開とほぼ同時にライトユーザー向けに「イロプラ」を発売しています。画像は1/100量産型ザクの未塗装完成品。
ガンプラブームにあっても「塗装・改造あたりまえ」という方向のみに突き進まなかったのは、かつてブームに乗って倒産に至った今井科学を教訓としていたのかもしれません。バンダイ模型は今井科学の人員や施設を継承しています。

ブーム時には多くのメーカーが参入しましたが、ユーザーのハードルを下げる方向で商品開発したのは年少向けの既存路線を継続したアオシマ以外はバンダイだけでした。そして「リアルロボットの狂騒」が静まったとき、このジャンルに残ったのはほぼバンダイ1社だけだったのは象徴的です。


森永チョコのおまけプラモや小サイズのディフォルメものなどでスナップフィット技術を向上させたバンダイは、「逆襲のシャア」シリーズでのビス留めの試行、従来の1/144モデルに塗装を施した「フルカラーモデル」などを経て、1990年発売の「HGシリーズ1/144ガンダム」でついに精密な形状再現と簡易組み立ての両立を実現します。
ベストメカコレクションから10年、モデルボーグやジョイントモデルからは15年かかって、ロボットキャラクタープラモの理想的な商品仕様に技術が追いつきました。
画像のHGガンダムは頭部にスミ入れしたのみの未塗装完成品です。
1995年にはHGの上位製品「MGシリーズ1/100ガンダム」が登場し、現在に続くガンプラ市場が確立することになります。

こうしたバンダイ独自のキャラクタープラモの変遷において1975-76年ころは最初の転機となっており、たいへん興味深い時期だったと考えられます。



<1976年度の項、続く>
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