ライダーブームの断片

ライダーブームの断片
 
 
仮面ライダー本放送当時の、ライダーブームを想起させるものをいくつか取り上げてみます。
 

画像はブリヂストンの子供向け自転車ドレミのフロントカウル部です。
アクション用サイクロンを模した形状のドレミは、撮影用スーツにそっくりなライダースーツを着た子供をCMに登場させて当時の児童の憧れの自転車となりました。
 
 

講談社のたのしい幼稚園1972年2月号に掲載された広告。旧2号そのもののライダースーツとストレートなキャッチコピーで、子供の心をわしづかみにしました。
ただしこのころの自転車はたいへん高価だったので、実際にドレミに乗れた子供よりも乗れなかった子供のほうがはるかに多かったと思われます。
 
 

ドレミのカウルはサイクロンの基本イメージを再現していますが、中央のマークが独自の商標にアレンジされているのがちょっと残念です。
 

そこで、バンダイ模型のプラモデルに同梱されていた立花レーシングのシール(のコピー)を付けてみると、ほぼサイズがぴったりでサイクロン度数?が上昇したようです。
もしかしたら、当時同じことをした子供もいたのではないでしょうか。
なお画像右下のショッカーバックルもやはりバンダイ模型製で、こうもり男に台座として付属していたパーツです。
 
 

ライダーファンとしては、ドレミよりもCMで使用しているライダースーツが欲しくてたまりませんでした。
この子供用ライダースーツのインパクトは大きかったようで、以後も同じパターンの広告が作られています。
 
 

画像上は小学館の幼稚園1973年3月号、下はたのしい幼稚園同年5月号に掲載の広告です。
 

新しいドレミとともに並んだ新1号たちは、どことなくにせライダーみたいに見えます。
 

V3も同様に子供スーツが制作されています。
ドレミ自体はX、アマゾンでも発売されましたがそれらのスーツが作られたかどうかは未確認です。
スカイライダー時にも再びスーツが作られましたが、子供の顔が露出するヘルメットになってしまって魅力が半減していました。
 

次は2号の写真の切り抜きです。
 

 

 

これらはコイズミライダーデスクに付属のピンナップを切り抜いた物です。
 
 

この画像はコイズミのHPからの引用です。
当時は旧2号がスポットライトを動かしたりして机の機能を紹介するCMが盛んに放送されていました。
画像でバックボードとされているのが紙製のピンナップです。
 

上の写真を見ると、本来こんな状態で配置されていたようです。いちばん大きいバストアップの写真は紛失してしまい、現存していません。
 
ライダーデスクは放送当時にはよく知られた存在で自分も近所の友達も使っていたのですが、現在画像を探してみるとほとんど出てこないようです。
自宅のライダーデスクは高さ調節部の金属パーツが破損してしまい、中学入学の頃には処分されてしまったように記憶しています。
 
 

最後は色紙です。
 

画像の色紙は新1号放送時期に地元でサイン会が行われた時のものです。
ちょっと見づらいですが仮面ライダーじごく大使ショッカーアブゴメスのサインが書かれています。
なお『ショッカー』は戦闘員のサインです。
 
今でもよく憶えていますが、このサイン会当日に自分は高熱を出して寝込んでいました。
親は当然外出を許可してくれなくて、とてもくやしかったのですがどうにもなりません。
代わりに行ってくれた兄が二人分の色紙を持ってきてくれました。
 
兄によれば「ライダーも怪人も全部本物だった」とのことで、地獄大使は潮健児氏が演じていたようです。
サイン会では地獄大使が兄を指差して、戦闘員に「この子供の顔をよく覚えておけ」と言ったそうで、『ショッカーに狙われた!?』ということで、しばらく子供たちは盛り上がっていました。
田舎の小さなサイン会でも悪の大幹部を演じ切っていた潮健児氏の役者魂に、あらためて敬服します。
 
 

このサイン会ではテレビマガジンで募集していた少年仮面ライダー隊の隊員証も配布(または販売?)されました。画像はその現物で、印刷の精度などから見て複製品とは考えにくく、隊員番号と本部の証明印もきちんと入っています。
 
隊員証と色紙にはどちらも『××地区隊長○○○○』という判が押してあり、その名前は地元選出の市会議員H氏のものになっています。
あとになって、H氏には当時小学一年生の息子がいたと知りました。
そうした事情から、このサイン会は息子へのサービスと地元での周知活動を兼ねてH氏が主催したものだった可能性が高いようです。
 
この隊員証がテレビマガジンによる正規品だとすると、H氏はこれをどのように用意したのでしょうか。
サイン会の企画段階でテレマガを大量に購入して自分で編集部に申し込んだのか、それともテレマガ編集部がサイン会やアトラクションショーに対応して隊員証を別途制作していたのでしょうか。 
本物の演者まで登場していたオフィシャル性からして後者だった可能性が高いと思われますが、今となっては詳細はわかりません。
 
同様の体験をお持ちの方がいらっしゃったら情報をお寄せいただけたらと思います。
 
 

 

 
1971年度前半は帰ってきたウルトラマンを中心に第2次怪獣ブームが盛り上がりましたが、秋の終わり頃から人気の焦点は仮面ライダーに移ってライダーブームとなりました。
子供はこぞって変身ポーズとともにライダーごっこに明け暮れ、テレビでも局の垣根を越えてさまざまな番組に旧2号が出演したようです。
 
翌1972年度は実写ヒーロー番組が激増して人気が分散してしまったため、仮面ライダー自体の人気の集中度としては71年度終盤ころがそのピークだった気がします。
 
 
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[ 2012/03/04 01:47 ] 暫定 | TB(0) | CM(4)

No title

ドレミは当時で2万円弱くらいでしたっけ?子供用自転車なんて兄弟のお下がりが普通の時代でしたよね。ポピーのオートマスクはそういった物を再生させる需要を狙った物だったのでしょうか。

学習机、私(昭和49年度進学)はくろがねのピンポンパンデスクでした。高学年の頃にはプラモ用塗料でベタベタになってましたけど。
[ 2012/03/07 22:51 ] [ 編集 ]

No title

ドレミは初期の広告には15900~17900円と表示されています。

ドレミ自体は買ってもらえなくても平気でした。
欲しいのはあくまで子供用ライダースーツでしたから(^^
[ 2012/03/08 11:43 ] [ 編集 ]

No title

仮面ライダーのドレミについて調べていてたどりつきました。
わたしは女の子なのにピンクのドレミを飼ってもらっていて、嫌で嫌で・・・
お隣の子はまりちゃんのドレミでしたから。
仮面ライダーのピンクはめずらしいですよね。
実家に帰った時に写真見つけてきます。
[ 2018/01/24 05:45 ] [ 編集 ]

No title

女の子向けにピンクのドレミというのは知りませんでした、情報ありがとうございます。

ドレミまりちゃんとかドレミアグネスと並行してピンクのドレミもラインナップしていたということですね。
たしかに、女の子にとっては微妙でしょうね~(^^
[ 2018/01/24 11:35 ] [ 編集 ]

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