ショッカー軍団 RAH220

ショッカー軍団 RAH220
 
 

 
前回の7人ライダーの撮影で、RAH-DXは未使用状態で暗所で保管していても合皮や素体が経時劣化してしまうのを実感しました。
いずれ崩壊してしまうのならちゃんと楽しんでおこうと思い、今回はRAH220のショッカー怪人とRAH220DXの旧2号で放送当時の特写スチールを再現してみます。


まずは71年6月に朝日ソノラマを中心に行われた生田スタジオでの撮影会。旧2号と初期ショッカー怪人のからみが多く撮影されています。
画像は天田の仮面ライダーカード・ゲームより。
 

RAH220による再現。怪人は旧シリーズでの商品化のためDX版のライダーとは完成度に差があります。
 

別角度より。コウモリ男の羽根は軟質素材で腕の可動に追随して動き、いい感じです。
 
 

同様に、2号とサラセニアン、死神カメレオンの特写スチール。
 
 

背景がバレてしまうためカメラ位置をあまり下げられないので、再現性はイマイチです。
 
  

同じ撮影会で、こちらはカルビーカード58番の画像(仮面ライダーカード/日本文芸社1993より)。
 

アクションポーズはむずかしいです…
 

別角度より。クモ男は頭部の造形・色彩がいまひとつ。
 


続いて71年9月ころに行われた三栄土木での撮影会。クモ男からオオカミ男までの大半の怪人がほぼ放映順に登場して多くのスチールが撮影されました。
怪人のブーツが短いこと、ライダーのアームカバーが未使用になっているのが特徴です。
画像はオフィシャルファイルマガジン仮面ライダーVol.2(講談社/2004)より。
 

この撮影会ではサラセニアンもショッカーベルトをしています。
 

別角度より。
 
 

同撮影会第2陣、画像は仮面ライダー図鑑(黒崎出版/1972)より。
 

コブラ男は本来は右腕が伸びた状態ですが、画像では左腕で代用しています。
 

別角度より。ゲバコンドルのスーツ表面は劣化が始まっています。
仮面ライダー図鑑には、このあとカマキリ男を背負い投げする場面の連写スチールが掲載されていました。
 
 

カマキリ男と2号のからみ、ライダーカード86番(仮面ライダーカード/日本文芸社1993より)。
 

この撮影会ではカマキリ男の羽根は使用されていないようです。
 
 

同撮影会第3陣、ファイルマガジンVol.2より。トカゲロンの背びれは劣化による破損があります。
 

RAH220のサボテグロンは撮影用スーツに似ていないので所有していません。またピラザウルス以降の怪人はRAH220では製品化されませんでした。
 


やはり71年9月ころに行われたブリジストン「ドレミ」CF撮影時の特写、ファイルマガジンVol.2より。
 

サイクロン号は無いので配置のみ再現。ハチ女は腰布の代わりにショッカーベルトを装着しているほか、本来は黒ブーツを使用しています。この時のクモ男の手は普通の黒手袋のようです。
 


 
RAH220ハチ女の素体は不可動のため、画像ではRAH220DXシリーズのものを流用しています。
トカゲロンのスーツは極薄の軟質ソフトビニール製で、バーリヤ破壊ボールが付属しているのが嬉しいポイントです。
同じく軟質スーツのザンジオーは今回未使用ですが、いずれダブルライダーと並べてみたいと思います。
 
 
 
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[ 2011/09/25 23:55 ] 合金・プラトイ | TB(0) | CM(6)

No title

RAH220シリーズでショッカー怪人はこんなに出ていたんですね。
ポーズを取らせてライダーと怪人を絡めるとカッコよさが増します!!
スチール写真と違わぬ再現度にポチッとさせて下さいませ☆
[ 2011/09/26 00:06 ] [ 編集 ]

No title

yu-ta様 ありがとうございます。

このシリーズ、個人的にはドクガンダー成虫、ムササビードル、モグラングなんかを期待していたのですが、サボテグロンで途絶えてしまったのは残念でした。
[ 2011/09/26 01:44 ] [ 編集 ]

No title

藤岡弘氏降板あたりからしばらく撮影会は行われなかったみたいですが、2クール目あたりから再開されたようですね。
場所は相変わらず三栄土木や鶴川団地周辺ですが、この際に初期怪人と2号ライダーとのカラミのスチルが多数撮影され、多くのブロマイドや図鑑類で紹介されていたので、意外と馴染み深いんですよね。
たしか、黒崎出版の『仮面ライダー図鑑』では巻頭のカラー口絵で、『仮面ライダー画報』ではモノクロページでこのときのスチルが多数使用されていたと思います。
もちろん旧1号も大好きですが、初期怪人と2号ライダーの組み合わせにも、なんともいえない魅力を感じますね
[ 2011/09/26 22:07 ] [ 編集 ]

No title

独占掲載権のあった講談社が写真取材を再開したのは2号編になってワンクールほど経過してからだったようです。
仮面ライダーは低予算番組だったため、この時期には2号のマスクやスーツは痛みが目立っており、出版物でのアップ使用には使いにくい状態になっていました。

「たのしい幼稚園」の本誌や絵本などで2号時期になっても旧1号の写真が多用されていたのはこうした事情も一因だったのではないかと想像しています。

出版社向け撮影会の開催はこうした状況の改善の意味もあったのではないかと思います。
[ 2011/09/27 01:07 ] [ 編集 ]

No title

pazulumoさん、すみません。
ぼくの勘違いです。
『2クール以降のスチル撮影』というのは、出版社主催の撮影会ではなく、ロケ同行撮影のことでした。
出版社合同の撮影会は、それ以前に再開されていたんですね。
朝日ソノラマによる撮影が早い段階で行われていたのは意外でした(セット内の写真は、どれも魅力的ですね)。
そういえば、「日本コロムビアのカメラマンが急遽石森プロから撮影会に呼び出された」というエピソードをどこかで読んだ憶えがあります。
黒崎出版の『仮面ライダー図鑑』の巻頭カラーは三栄土木での撮影会のスチル中心に構成されているのに対し、『画報』の方は劇中のカットが多く使われていて、幼少のころは後者により魅力を感じたものでした(確かにあの頃は青かった!!)。
[ 2011/09/28 21:36 ] [ 編集 ]

No title

mandolin_king 様

ご丁寧にどうも、遊びのブログですので気楽にいきましょう(^^

撮影会については、記事中にも書いたオフィシャルファイルマガジンVol.2(講談社/2004)と宇宙船別冊・仮面ライダー怪人大画報(ホビージャパン/2007)に詳述されていますので、未見ならお勧めします。

ファイルマガジンの方は三栄土木での2回目の大規模撮影会にザンブロンゾが登場していないなどの事実誤認があるのでちょっと注意が必要ですが。

いつか、本編と撮影会の代表的な写真を制作順に並べて『時系列版ショッカー怪人図鑑』みたいな記事も作ってみたいですが、無理かな…
[ 2011/09/28 23:25 ] [ 編集 ]

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