初期型コンバイン?


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ひたいに輝くVとV!

以前ポピニカバトルジェットについて取り上げた際、耳が濃紺のバトルジェット・前腕が明るい青のバトルクラッシャーが初期生産分なのではないかと考えました。


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これはその傍証となっている、てれびくん1976年11月号(小学館)懸賞ページの写真です。
発売がもっとも遅かったバトルクラフトは追加パーツが無くドリルもメッキされていないので、まだ試作段階の物と思われます。
他の4機はすでに製品状態になっているようで、ジェットの耳は濃紺でクラッシャー前腕は明るい青色、さらにクラッシャー本体の塗装色は普及品より明るいメタリックブルーになっているように見えます。
なおバトルジェットがおかしな状態で合体していることについては後述します。

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こちらはポピニカバトルクラフトの箱に掲載の見本写真、やはり耳は濃紺・腕は青色になっています(印刷時の補正もあるようです)。

以前の投稿時に、腕が青色のクラッシャーを新品状態で入手した方からコメントをいただきました。
そのクラッシャーは同梱カタログなどから76年夏ころの初期生産分と考えて間違いないだろうとのことで、通常は1個の平手パーツが左右2個分付属しているそうです。
自分の手元には耳が濃紺のバトルジェットはあるので、いつか腕が青いクラッシャーを入手して初期型のコンバインを再現できたらと考えていました。


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そして近年ようやく、状態のよくない中古ですが腕の青いクラッシャーを入手。
勇んで合体させようとしたのですが……バトルタンクと合体できませんorz
どうやら初期型クラッシャーは合体部の横幅が1ミリ弱くらい広くなっているようで、初期のタンクもそれに対応した作りになっていたようです。
初期型コンバインの再現にはタンクの初期版も必要ということになってしまいました…

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しかしバトルタンクは、明確に初期生産分とわかる特徴があるのか不明です。
やむなく、付属品などから「初期っぽいかも」と思える中古を入手してみたのですが、合体できず…(T  T
さらにもうひとつ中古を購入してみても、やはりダメでした(泣
しかたないので、そのうちひとつのタンクを合体専用と割り切ることにし、合体時に支障となる部分をダイヤモンドやすりで削ることにしました。
合金オモチャにこんなことをするのは初めてです…

また、このころには「どうせなら初期型と普及型のコンバトラーを並べたい!」という野望がふくらんできて、マリンとクラフトもまあまあの中古を入手しました。
これらも本来は初期生産品には固有の特徴があるようですが、そこまではこだわれなくて「とりあえず合体できればいいや」という感じです。

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さて、ダイヤモンドやすりでガリゴリと削って、なんとかクラッシャーとタンクが合体できました。
よろこんで他のマシンを合体させようとすると……マリンが合体できないorz
どうやらタンクとマリンの接合部にも生産時期による違いがあるようです、初めて知りました…

試しにもうひとつの余っているタンクでやってみると、なぜかマリンと合体できる!
この時点でタンクAはクラッシャーとのみ合体可、タンクBはマリンとのみ合体可という状態になり、やむなく今度はタンクBのクラッシャー接合部をダイヤモンドやすりでガリゴリ削るハメに……


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以上のような過程を経て、なんとか初期型(風)コンバインが完成しました。

なお、初期型ジェットとクラッシャーの接合部はものすごくタイトで、どんなに注意深くやっても絶対にジェットの塗装が剥がされます(T  T
これも、やってみて初めて知りました……とりあえずグリスなどで対応すれば少しは被害を軽減できるかもしれませんがジェットの機体上面は高確率で塗装が剥げるので、バトルマシン状態も楽しみたいなら合体させない方が無難なようです。

てれびくん懸賞ページのおかしな合体は、あまりに接合がきついことが原因だったのではないかと想像します。
まだ調整不十分な状態であれ以上は無理だったのか、または編集員が「お借りしているサンプルだから手荒に扱えない」と考えて中途半端なところでやめたのでしょうか…(^^;

以前から所有していたバトルマシンはジェット以外は同じころ生産されたデッドストック(おそらく76年の年末商戦向け以降の物)だったので、合体にはなにも支障はありませんでした。
さすがのポピーも、初めての合体巨大合金ロボの開発には試行錯誤がいろいろあって、細かな調整を続けていたのでしょうね。
これらの反省の上で、翌年にはパーフェクトなボルテスVが登場したということでしょう。


 
以下、初期版と普及品の相違点など。


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顔と頭部シールの変更、これは有名ですね。


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初期のクラッシャーはメタリックブルーの色調が明るいので、タンクとの接合部に明確な色のギャップが生じます。
赤い部分も明らかに発色が良く、下地塗装として白っぽい色が吹かれているように見えます。
個人的に、オモチャっぽくて好きな色合いです(^^
胸のクリアパーツ内部の塗装も少し違いますね。

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背面は色分けラインが変更されている他、やはりクリアパーツ内部が異なります。
腕の付け根の塗り分けも違っていますね。

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パンチ基部は、初期は-、普及品は+です。

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普及品は取り付け角度が変更でき、拳の造形自体も別ものです。

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初期版の平手パーツは手元に無いのですが、こちらも造形が変更されているようです。
これは普及品の平手パーツ、右手です。

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こちらは「コンバイン計画書」掲載の平手パーツ、左手で造形自体も異なります。
これが初期の平手なのでしょうか?

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腹部のシール、どちらのタンクも初期型クラッシャーには対応していないものの、おそらくこちらが初期のもの。

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こちらが普及版のもの。


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合体説明書は、最初期は単色の1枚紙だったようです。

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次にカラー印刷に変更され…

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最後に冊子形態の「コンバイン計画書」になります。
計画書に掲載のバトルマシンは5機とも製品版になっていることから、発売の早かったジェット、クラッシャー、タンクなどの初期生産分には1枚紙の説明書が付属していたと思われます。
なお、合体強化ベルトについての記述はコンバイン計画書にしかありません。
ベルトが付属しないクラフトというのは存在したのでしょうか?


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内部図解も2色確認されています。これは水色。

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こちらは濃い青色。
おそらく水色が初期ではないかと考えています。



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あとはコンバインボックスが欲しいですが、箱だけの美品というのも入手が難しいだろうな~

放送当時にはバトルジェットしか買えなかった私のコンバイン計画は、43年を経てこれで完結……ということになりそうです(^^

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[ 2020/01/30 22:59 ] 合金・プラトイ | TB(-) | CM(2)

鉄腕アトムとウルトラQ・怪獣ブーム雑感


今回は怪獣ブームについてのたわごとです。


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1963年1月から放送された鉄腕アトムは、日本初の本格的なテレビアニメシリーズでした。
それ以前、国産アニメは東映動画の長編作品を中心に年に数回、映画館でしか見られないものでした。
アトムの放送開始は、モノクロ30分とはいえ「毎週アニメを家のテレビでタダで見られる」という状況を生み出すブレイクスルーとなりました。

一方、3年後の1966年1月放送開始のウルトラQは日本初の本格的な特撮・怪獣番組です。
こちらもそれまでは年に数回映画館でしか見られなかった特撮映像を、毎週テレビでタダで見られる状況を作った点でアトムのケースとよく似ています。
しかしその実現の過程を考えると、アトムとウルトラQはまったく異なる作られ方をしているように思えます。


映像にはニュース、ドキュメンタリー、ドラマ、スポーツ、バラエティなど色々なジャンルがありますが、そうした中でアニメと特撮には桁違いの手間と時間がかかり、大きな予算が必要になります。
基本的にカメラを向ける被写体がすでに存在している他ジャンルと異なり、アニメや特撮では空や地面から建造物、登場キャラクターまですべてを人の手で作り出さねばなりません。
当然、膨大な時間とマンパワーが必要であり、それゆえにテレビの規模には収まらず、本格的な国産テレビ番組は実現できない状況だったと想像されます。




鉄腕アトムの場合は、その壁を「徹底的な省力化」で乗り越えたように思えます。

1958年の白蛇伝以降本格化した国産アニメ映画は、おおむね年1本の東映動画作品と散発的な他社作品(おとぎプロなど)があったようです。
仮に、1年あたりの完成映像の総時間をざっくりと120分と考えると、1週間では2分18秒。
30分のテレビ番組にはこの10倍以上の映像が必要です。
しかもこの数字は東映動画などの専門的に育成された手練れの戦力をもとにした国内すべての総計ですが、アトムを制作する虫プロは経験者の少ないいちプロダクションにすぎません。
数字から考えると、毎週30分のテレビアニメなど実現不可能です。

そこでアトムが取った方策は徹底的な「省力化」、言い換えれば可能な限りの「手抜き」です。
かなり端折ったおおまかな説明になりますが、ディズニーやそれを手本とした東映などは1秒あたり24枚の絵を基本としましたがアトムの場合は1秒当たり8枚でした。
そのうえしゃべっているキャラクターの顔は1枚の止め絵で口の部分だけを置き換えるとか、画面に歩いて入って来る人物は足元を見せないようにして止め絵を引っ張るだけで済ます、一度描いた絵は残しておいて似たような画面に流用する、などあらゆる手段で省力化を進め、なんとか毎週放送の国産テレビアニメを成立させてしまったのです。

放送されたアトムを見た東映スタッフなどには「こんな粗悪品はすぐに消えるだろう」と考えた人もいたようですが、「毎週タダで見られる国産アニメ、しかも雑誌マンガで人気の鉄腕アトム」は大ヒットします。
やがて省力化の技法は次第に洗練・進化して、ディズニー調のフルアニメとは別の「日本独自のアニメ表現」となって現在まで受け継がれることになります。




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ではウルトラQの場合はどうでしょうか。
こちらは対照的に「可能な限り劇場映画のクオリティに近づける」ことを基本としているように思えます。

前述の通り、本来は特撮・怪獣映像はテレビの規模には収まりません。
ウルトラQ以前にも実写ドラマに怪獣が登場した散発的な例はありますが、映像表現の質において劇場映画とは隔たりの大きいものだったようです。

ウルトラQの場合「初めて」ゆえに企画の全体像(特に経済面の収支)を把握できる人物がいなかったこと、TBSのオプチカルプリンター購入による制作の必然性と事前制作方針に乗っていたこと、当初SFアンソロジーだったが局側プロデューサーの意向で制作開始後に怪獣番組に変更されたこと、円谷英二という絶対的なカリスマが映像の質にこだわり、若いスタッフが身を粉にして働いたこと…などが相乗した結果、ありえないはずのテレビ特撮・怪獣番組が「幸運にも成立してしまった」状況だったように思えます。


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しかも放送するや高視聴率の大ヒットなのですぐに同路線の新番組(ウルトラマン)も決定し、怪獣ブームを巻き起こしつつなし崩し的に制作が続けられ、遂に時間切れ(制作・納品が放送に間に合わない)という事態に陥って放送終了を迎えています。
放送に間に合わないという事実は「テレビ番組の規模に収まっていない」ことを端的に示しています。

ウルトラQのヒットに端を発した「第1次怪獣ブーム」時期の作品は、他社も含めテレビでの特撮番組の黎明期でもあり、いずれもウルトラQ・ウルトラマンのクオリティに引きずられていたようです。
倹約を徹底する東映でさえ、キャプテンウルトラは「民放の雄たるTBSとの初仕事」として採算度外視だったし、ジャイアントロボは高視聴率でNETから継続を望まれたが赤字の累積で2クール以上は続行不可能だったようです。



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こうしたクオリティ重視の傾向はウルトラセブンの1クール目ころまで続いたようですが、それ以後は制作会社の経済問題が深刻化して徐々にタガが緩んでいったようです。
美術の池谷仙克氏は「ウルトラマンでは予算のことなど考えもしなかったが、セブンの途中で初めて円谷英二氏から予算も考えて仕事をするよう言われた」と語っておられました。


第1次怪獣ブームの終了は視聴者が怪獣に飽きて妖怪なりスポ根なりに興味が移っていったことが要因とよく言われます。
それも事実でしょうが、ウルトラQ・ウルトラマンレベルの作品は予算的にも時間的にもテレビの規模には収まらないことが明確化して作り続けられなくなったというのも大きな理由だったのではないでしょうか。
「ウルトラ」は、言葉通りテレビを超越した番組だったのでしょう。




「ブーム後の1969~70年にも怪獣の人気は根強く持続していた」とよく語られますが、第1次ブーム期の作品は「本来はテレビではありえない」レベルのものだったのですから、本放送に間に合わなかった世代の視聴者も当然魅了されます。
リアルタイムでは同種の番組が存在しないのですから、再放送で触れるそれらの作品に心を奪われ、ソフト人形やブロマイド、絵本などの怪獣商品に群がります。
「第2次怪獣ブームはオモチャが呼び水になった」といった言説もよく見かけますが、第1次ブーム期の作品がそれだけ魅力的だったから関連商品も売れたわけで、因果関係を逆に見ているように思えます。


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そして1971年以降は特撮・怪獣番組が量産されて「第2次怪獣ブーム」となりますが、それが実現できたのは特撮・怪獣番組が遅まきながらテレビアニメと同様の「省力化」に舵を切ったことが大きな要因だったはずです。
「帰ってきたウルトラマン」の企画書には「製作費はズバリ〇万円でOK!」というような文言があったと記憶していますが、予算規模の縮小が番組成立の重要な要件だったことがわかります。
経験の蓄積と技術の進歩で効率的な制作が可能になり、テレビ番組の枠をはみ出さずにうまく収められるようになったことで、第2次怪獣ブーム=変身ブームの熱狂が生み出されたのでしょう。
実際に円谷プロは、1972年ころには第1次ブーム期から累積した赤字をきれいに清算できたそうです。

しかし一方で、効率化は同時に質の低下の危険を常に孕みます。
第1次ブーム期の作品が古参のファン層によって神格化される論調に下の世代が反発するような傾向も一時期ありましたが、第1次ブーム期の作品が特撮映像の質において優れていたのは客観的な事実でしょう。

放送から10年以上経過した1979年に「ウルトラマン」の再編集映画が公開されて好評だったこと、またその2作目では新撮部分が本編よりはるかに劣るクオリティだったという事実は、第1次ブーム当時の質の高さを証明していたと言えそうです。

とはいえそれは、10年以上技術の基本が変わらなかったからこそ成立した事象であって、スターウォーズに代表される洋画のSFX大作による技術の革新以降は、国産特撮番組もまた新たな時代に入ったのだと考えられます。



[ 2020/01/27 19:51 ] 怪獣ブーム雑感 | TB(-) | CM(0)

セブンと責任


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シン・ウルトラマンのデザインが公表されました。
当時の本編映像に依拠するのでなくデザインを描かれた成田亨氏の意向を最大限尊重する
方針とのことで、カラータイマーが削除されています。
上の画像は成田氏が1982年に描かれたものです(怪獣と美術展2007での絵ハガキより)。

榛名湖畔に立つイメージ写真はあまりピンと来ませんでしたが、ひな型を様々な角度から
撮影した画像を見ると、ちゃんと「ウルトラマン」になっています。
頭部マスクは現存するCタイプでなく後年成田氏が作られたマスクをスキャン・縮小している
ようにも見えますが、どうなのでしょうか。

オリジナル・ウルトラマンとの差異としては、腰から背中へと続くラインが大きく変更
されたこと、ふともも前面のラインの切れ上りがより鋭角になったことが目につきます。


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腰から背中へのラインは、放送当時成田氏が描かれたイラストにシン~と同様になっている
例があります。画像はウルトラマンカード・32匹の怪獣(現代芸術社1966)より。

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ふともも前面のラインはもともとデザインの初稿段階からすねのラインと呼応するように
切れ上がっており、82年のイラストや画像のウルトラマンカードでもその傾向が見られます。

こうしたことから、シン~での変更点は成田氏のイメージにより近づき、一方で商業的に
要求されるだろう「初代ウルトラマンとの明確な差異」という要素を同時に満たすことを
意図しているのではないかと想像します。
もっとも成田氏のイラストではウルトラマンのライン表現は必ずしも一定でないので、
今回のライン取りこそが成田氏のイメージなのだと言い切るのは難しいかもしれません。


成田氏と円谷プロの関係は長年こじれた状態でした。
今回、庵野氏という「外圧」によって両者の関係が修復されたのは喜ばしいと思います。
また「シン・ウルトラマン」は東宝映画として製作されており、円谷プロと東宝の関係も
正常化したのでしょう。

かつての円谷プロは成田氏の功績を意図的に貶めようとしたり、親会社として様々に
世話になった東宝との関係を自ら切り捨てたりしていました。
その一方限られた経営陣は俗な享楽に会社の資金を流用していたようで、同族経営の
中小企業に典型的な腐敗があったらしいことが、元社長の著書で語られています。

今回の和解は、経過した長い時間とそれに伴う当事者の世代交代も背景にあるものと
考えますが、いずれにしても良い変化だと思います。



1980年代後期、成田氏が夏に渋谷で個展を開催されていたころ、その会場でお話させて
いただいたことがあります。

その時点では画集や雑誌で語られていなかった様々な疑問をうかがったのですが、最も
印象に残ったのはウルトラセブンのデザインの詳細についてでした。
当時、ウルトラマンのデザイン過程についてはすでに情報公開されていましたがセブンに
ついてはそうした記事を読んだことがなく、ご本人に直接質問させていただいたのです。
成田氏は何者でもない学生の自分に、率直かつ気さくに答えて下さいました。
その時うかがったのは以下のような内容だったと記憶しています。

ウルトラマンでは古谷敏という演者を得てデザインに集中できたが、セブンでは古谷氏の
起用は叶わなかった。配役担当がアクションが得意な俳優を連れてきたが、動きは良くても
体形が大顔・短足気味なので、撮影用スーツを着せるとさらにプロポーションが悪くなり、
ヒーローらしからぬものになってしまう。
何度も役者を変更するよう要請したがまったく対応がなく、他の仕事も進めねばならない
のでやむなくそのままヒーローデザインをやらざるを得なかった。
そのためセブンのデザインは、まずいプロポーションをいかに救うかしか考えなかった。
重心をすべて上部に集中させ、胸から下はたてのラインで分割してスマートさを出した。
色は「縮む色」である青にするつもりだった。

このお話は、衝撃でした。
演者の体形という現実の制約に、作品の顔である主役のデザインそのものが犠牲にされた
とも解釈できます。

後年成田氏は自身のヒーローデザインの中でセブンはあまり気に入っていないと述べて
おられますが、こうした事情を考えると無理からぬことのようにも思えます。
セブン頭部はアイスラッガーを除けば人間に鎧を被せたままの形状とも取れるし、彫刻家
たる成田氏らしい「かたちの飛躍」には乏しいのかもしれません。

とはいえ、そんな「気乗りしない」なかで生み出されたウルトラセブンがウルトラマンと
並び立つ不滅のヒーローになってしまうあたりに、当時の成田氏の才能の巨大さが端的に
表れているともいえるでしょうか。


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この画像は1993年のNHK土曜ドラマ「私が愛したウルトラセブン」より、白人青年が
セブンスーツを着ている場面です。
小顔で足の長い人がセブンになると、むしろ間延びした印象になってしまっています。

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セブンのデザインは、あくまで頭身の低さをカバーしてこそ効果を発揮することがよく
わかります。
また第14・15話では後に帰ってきたウルトラマンを演じる菊池英一氏がセブンスーツを
着ており、いつもの上西セブンよりスマートに感じますが、それだけでなく帰ってきた~
よりも良いプロポーションに見えます。
これもセブンのデザイン自体がそうした効果を生んでいるのだと思われます。

成田氏は「役者の体形を無視して理想的なプロポーションの絵を描けば、スタッフはだまされる
かもしれないが、実際に映像になった時に困るのは特撮美術監督たる自分だ」という意味の
発言をされていました。
それでも気恥ずかしくて、セブンのデザイン画は直立でなくポーズを付けて描いたそうです。

成田氏のセブン途中での降板後、怪獣デザインを引き継いだ池谷仙克氏が初デザインのダリーを
造形の高山良策氏に見せた時、中の人間のバランスが狂っている(からこの絵の通りには
作れない)という趣旨の指摘を受けたそうです。
成田デザイン・高山造形の怪獣たちの魅力の根源には、こうしたリアルな現実認識と社会人
としての責任感もあったのかもしれません。



以下は蛇足ながら…

セブンのデザインを勝手に流用・改変したタロウは演者のプロポーションに恵まれて
スマートでしたが、放送当時からいまひとつ好きになれませんでした。
これは「重心の上部への集中」を踏襲したレオについても同様で、両者にはデザインの
充実感みたいなものが希薄な印象がありました。
セブンのデザイン手法を、無理解なまま模倣していたことがその原因でしょうか。


[ 2020/01/06 20:33 ] 暫定 | TB(-) | CM(4)

ゴールド2020

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新しい年になりました。

画像はめでたい金色ということでオリオン・ゴールド合金のガンダムとダイターン3、同仕様の合金パズルザンボット3を並べました。



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この機会に合金パズル・ザンボット3とゴールド合金・ダイターン3を比較してみます。

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ダイターンはザンボットの金型改修で出来ているのがよくわかります。

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変更点は新造の頭部のほかは胸部と下脚部前面の改造のみです。
これだけでなんとなくそれらしく見えてしまうのは、ある意味で見事な仕事といえるでしょうか…(^^;



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2000年代も5分の1が経過しようとしているのに気づいて愕然としますが、2020年という未来の時間を、ケムール人のようにしぶとく生き延びたいものです。






[ 2020/01/05 20:56 ] 合金・プラトイ | TB(-) | CM(0)