海を越えて

つなぎ更新です。
 
欲しい玩具が手の届かないレベルになってしまった場合、相対的に入手の容易な海外版で妥協することがあります。
箱やシール、説明書などが異なるのは残念ですが、現物を手にできる喜びはやはり大きいものです。
今回はそんな海外版玩具をいくつか取り上げてみます。
 


マイクロノーツ版のロボットマンとタワー基地M-115。
ロボットマンはタカラによる再版など考えられなかったころに新品で入手しました。金型や材質が国内版とは異なるらしく、ひざのはめ込み部分が不安定で部品精度はいまひとつ。
タワー基地は安全対策でミサイル形状が変えられているのが残念です。
 

 

 
箱のデザインはタカラとはまったく異なるセンスですが、写真はなかなかかっこいいです。
エアフィックス製のロボットマンはビクトリー計画のためのアダプターパーツも同梱されています。
タワー基地はメゴ製。生産地はどちらも香港のようです。
 


こちらは超スーパーカーガッタイガーの合金玩具、5台のうち3台が海外版です。
 
 

センターマシーンとアップマシーンはタカトクの国内版。
 

ライトマシーン、レフトマシーン、エンドマシーンが海外版。
シールのデザインと一部塗装が異なりますが、全体の雰囲気は国内版とイメージを合わせてあります。
部品精度も良好で、タカトクの金型がそのまま使用されているように思えます。
 
 

この海外版は10年ほど前に入手したものです。
 

ロゴデザインなどの雰囲気から、生産時期はさほど古くはなく90年代後半くらいのように思えますが詳細は不明。
スペイン語のような文字が書かれており、生産地は台湾です。
 
 

というわけで、コンビネーション・ゴー!
 

国内版と海外版の混成でも問題なく合体できます。
 

 

この怪物的で迫力あるデザインには不思議な魅力を感じます。
タカトクの大箱セットは放送当時にもあまり見かけなかったように記憶しています。
 


クローバーのDX戦甲変型合体ザブングルの海外版、アストロボット。これも台湾生産です。
箱写真にはクローバー版がそのまま使われているようです。
 
 

 

ミサイルとパンチの発射ギミックがオミットされていますが、金型自体はクローバー版を改修して使用している印象を受けます。シールにも一部変更あり。
 
 

ブングルスキッパーとブングルローバーに分離・変型。コクピットは開閉可能でシートのモールドもあります。
 

ザブングル・カーも再現可能。超合金魂も、やはりこれくらいのサイズで製品化してほしかったです。
 

 

最後は本家バンダイのゴダイキン版マシンドルフィン。
マシンマンは好きな作品なのですが、国内版のドルフィンはなかなか入手できないのでゴダイキンにしました。
メイドインジャパンでボールボーイのパーツも入っているので国内版とほぼ同仕様のようです。
 
 

マシンドルフィン形態。トリコロールカラーがきれいです。
 

ドルフィンジェットに変型。可動ギミックはスムーズで当時の国内生産の質の高さが感じられます。
 

そして本編未登場の第三の形態、ドルフィンロボ。
マシンマンを固定する金具はバネ仕掛けで開閉するという丁寧さです。
 
 

ドルフィン付属版と超合金マシンマンの比較。
サイズはほぼ同じですがプロポーションや可動部がまったく異なるので、超合金をドルフィンに収納するのは無理のようです。
 
 
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[ 2014/11/29 01:03 ] 暫定 | TB(0) | CM(12)

「大人買い」してみた

「大人買い」してみた
 
 

タカラのマグネモ・ゴワッパーマシンシリーズ、ゲソマシン。
画像の現物は駄菓子屋向けのくじ引きの景品だったものです。
 
 

こちらがくじ引きの景品全容。雑多な駄菓子屋玩具の中でゲソマシンが目玉になっています。
未使用状態で「大人買い」してみました。
 
 

これが外箱。DELUXE Toyと書かれた汎用品で、古めかしいレースカーのイラストから1960年代から使われていたもののようです。
 

側面にはこぐま印食玩という発売元表記があります。小物玩具の問屋さんでしょうか?
「\30・100付」なので1回30円のくじが100回、小売り3000円分のセットです。
 
 

手書きで書かれた正式な商品名は「No32 ゴワッパーファイブ当」。
 
 

 

くじ本体は青い裏紙をはがすと数字がでてくる形式です。
 

画像のように台紙状態では1から順番に印刷されており、切り離して使用します。
小売店では目玉になっている1番、2番などはあらかじめ抜いておき、すぐには当たりが出ないように調整しつつ販売していたのでしょう。
なかなか当たらない理由はこれだったのか……(^^
 
 

 

1番、2番で当たるのがゲソマシン。こうした景品は売れ残りの処分品などが使われるケースが多いようです。
ゴワッパー5ゴーダムは1976年12月までの放送だったので、このくじ引きは77年以降に販売されたものと思われます。
 

画像の個体はセット箱の中にセロファンで密封されていたため、新品のようにピカピカです。
一般的な中古状態のヘリマリンと比較してみると色調の差や紙質の違いが歴然。
保存状態でここまで違いが表れるのですね。
 
 

3~6番で当たる組み立てSL。接着不要の簡単なプラ玩具です。
 

メーカーは札幌市の古谷製菓。食玩専用商品のようです。
 

フーセンガムにはゴーカイジャイアント(タカトクの合金玩具ゴーカイザーシリーズ)と思われるロボットが描かれていて、なかなかカッコイイです。
ゴーカイザーの展開は1979~80年だったようなので、この商品はそのころ発売された確率が高そうです。 
 
 

同じ3~6番でもらえるジグソーパズル。組み立てSLとはバリューの差が大きすぎると思えますが、女児向けを意識していたのでしょうか。
子供向けなのでピースのサイズはかなり大きく、箱の絵柄とは必ずしも一致していないようです。
 
 

7~12番はミニセダン、Pヨーヨー、ひみつの箱のいずれか。
ミニセダンはコロガシのプラ製ミニカー、車種はわかりませんがロータスヨーロッパに見えなくもないような…
 

Pヨーヨーは小さめのヨーヨー。Pはプラを意味するのかもしれません。
 

そして秘密の箱。スリットがあるので貯金箱のようです。
 

開けてみるとなにやら紙に包まれたものが……ドキドキします。
 

出てきたのは普通のオートバイの玩具。紙で包んでいるのは演出上のハッタリだったようです……
 
 

13~16番は吹上パイプかエーアポン。
吹上パイプは見た通り、おなじみのアレです。
 

エーアポンは下部を握ると空気圧で上部が飛んでいく玩具で、これも当時はおなじみでした。
本来「エアーポン」なのでしょう。造形は当時のアイドルのようですが判別不能です(^^
 
 

そして17番以降の「ハズレ」が、こちらのふきごま。
机の上などの平らな面に置いて、上から息を吹きかけるとクルクル回ります。
 
 
以上のように、大人買いしたDELUXE Toyを堪能してみました。
でも当時の自分がこのくじ引きをやったとしても、やっぱりゲソマシン以外はいらないかな~

[ 2014/11/17 11:20 ] 暫定 | TB(0) | CM(6)

ポピー1976

ポピー1976


仕事で知り合った同年代の方に「子供のころ何度かポピーに遊びに行った」という話を聞いたことがあります。
超合金のグレンダイザーなどが発売されていた時期だったらしいので、1976年ころのことだったようです。



その方は浅草生まれの浅草育ちでオモチャ好き、多様な趣味を持つ一方で仕事は一流というオモチャエリートとでもいうべき人でした。
小学生時代の一時期、友達数人と一緒に学校帰りにポピーに遊びに行っていたのだそうです。



当時のポピーは子供が気軽に入っていけるような開放的な雰囲気で、社員の方もとても親切だったそうです。
社内にあるオモチャで遊ぶことができ、時には製品について意見を聞かれたりもしたそうです。



ある日、時間のかかる本格的なアンケートに答えることになった時には「遅くなってご家族が心配するといけないから」とわざわざ自宅に電話で連絡を入れてくれたそうです。
オモチャで遊べる上にとても優しくしてもらったので、その方にとってポピーに遊びに行った体験はとても楽しいものとして記憶されているとのことでした。



また、不要になった見本品などを「欲しかったら持っていっていいよ」と言われたことがあったそうで、その中に超合金マジンガーZの頭部の試作らしきものがあったのを憶えているそうです。
ただしそれは、子供の目から見てもいかにも試作品という感じの出来の悪いものだったので、欲しいとは思わなかったそうです。
現在考えるとなんとももったいない話ですが、1976年ころは超合金の完成度が急上昇していたので、「こんなカッコ悪いのいらない」というのは当時の子供の正直な反応だったのでしょう。

上の画像はテレビマガジン1973年10月号に掲載された超合金の初期試作と思われるものですが、彼が見たのはこのようなものだったのかもしれません。



その後は興味がスーパーカーなどに移ったこともあって、ポピーには自然に足が向かなくなったそうです。

ポピーは1976年ころからバンダイ本社を上回る売り上げを記録するようになったようなので、彼が遊びに行っていたのはポピーが最初に迎えていた絶頂期のころに当たります。
ユーザー=子供を大事にし、その声を重視する姿勢が、そうした成長の一因になっていたようにも思えます。



それから数年後、高校生のころにふと思い立ってポピーを再訪してみたことがあったそうですが、雰囲気がすっかり変わっていて部外者が気軽に入れる感じではなく、外からながめることしかできなかったそうです。
そのころにはすでにバンダイグループに吸収されていたか、その直前くらいの時期だったと思われます。




実質的には現在のバンダイ内部に組織が継承されていても、関連会社が社名を復活させたりしても、やはりあの「ポピー」は二度と帰らない。
 
1970年代に少年期を過ごした者にとって、「ポピー」という名は特別な響きを持ちます。

[ 2014/11/03 21:49 ] 暫定 | TB(0) | CM(8)