70年代前半の周辺事情 その2

リアル化するキャラクター玩具 ②
 
 
バンダイ模型が本格的にスタートした1970年代初頭、スケール表示のあるキャラクター玩具が増えています。
 
初期のポピニカにスケールが明示されていたのは基本がミニカーだったからと思われますが、キャラクター人形にもスケール表示されたものが存在します。
 

画像は美研の「スケールモデル怪獣」シリーズ。塩ビ製ムク成型、透明パック入りで販売されたミニ人形です。
発売は1971年度前半だったようで、ポピニカより先行したスケール表示玩具でした。
 

美研はキャラクターものの紙芝居を広く手がけていた会社ですが、1970年ころから「ウルトラ怪獣手帳」や「怪獣バッジ」などの怪獣関連商品で人気を得ていました。
 

当時のチラシを見ると精密さを売りにしていたことがわかります。個別のスケールは1/470のウルトラマンに対してバルタン星人は1/625、メフィラス星人はなんと1/800となっており、数値の信憑性は疑問です。
 

造形は現在の目で見るとリアルとは言いがたいですが、当時の競合商品だったブルマァクのミニソフトや日東のミニプラモなどと比較すると、彩色済みである点も含め、ある程度のリアル感があったと思われます。
イカルス星人には植毛を施すなど、意欲的な表現も見られます(画像のセブンはリペイントされています)。
 

特にゴルドンは同社の「ウルトラ怪獣手帳」に掲載のスチールによく似ており、当時としては極めて「リアル」な人形でした。
 
美研に続いてバンダイも、塩ビ製ムク成型の「仮面ライダー」「ウルトラマンA」の人形シリーズを発売しています。
 

正義の味方と変身サイボーグ
 
「リカちゃん」や家庭向けゲームで知られていたタカラもこの時期に男児向けキャラクター玩具に本格参入し、画期的なリアル玩具を生み出しています。
 

ハスブロの代理店として販売していた兵隊人形「ニューGIジョー」にヒーローの衣装を着せた「正義の味方」シリーズを1971年度後半に発売し、好評を受けて翌年にはそれが「変身サイボーグ」シリーズに発展します。
画像のマット隊員は「正義の味方」(一部欠損あり)、帰ってきたウルトラマンは「変身サイボーグ1号」の変身セットです。
 

これらについては資料が充実しているので詳述しませんが、ポイントは「アメリカ生まれのGIジョー」を素体にしていたことではないでしょうか。
 
リアルな頭身、リアルな形状で関節が自在に可動するGIジョーは、かわいらしいディフォルメを基調とする日本の玩具風土とは一線を画した存在です。
リアルな素体に衣装を着せたら必然としてリアルなヒーロー人形が出来た、ということだと思います。
 
ただし73年以降は衣装=変身セットの造形も大幅に向上してディテール面の精密さも加わり、現在でも通用する水準のリアルさに到達しています。
 

また、それまで主流だったソフト人形では、ウルトラマンのスペシューム光線や仮面ライダーの変身などの「決めポーズ」をとれないことが遊ぶ上での大きな問題でした。
 

それを見事に解決した点でも、正義の味方と変身サイボーグは画期的なヒーロー玩具だったと考えられます。
 

印刷媒体のリアル化
 
玩具に近いキャラクター商品である紙媒体でも、70年代初頭に大きな変化が起こっています。
 

まず、駄菓子屋や文具店で流通していた1枚5円の「怪獣ブロマイド」が、70年ころに人気のピークを迎えています。
この5円ブロマイドの人気は、作品情報と通し番号を付加して小型化したカルビーの「ライダーカード」へつながっていきます。 

5円ブロマイドは「ただの写真」に過ぎないものですが、それが熱烈に支持された背景には「テレビの本物のカラー写真」がほかではなかなか入手できないという事情がありました。
当時の児童向け紙媒体では実写ヒーローでも挿絵での掲載が大半だったのです。
 

ブロマイド人気がピークのころ、講談社のたのしい幼稚園では子供向け絵本として初めてウルトラマン・セブンの「写真絵本」を発売し、全27冊に及ぶ人気シリーズになります(参照)。
これを受けて71年以降は仮面ライダーをはじめさまざまな実写ヒーローの写真絵本が講談社から発売されています。
 

小学館も追随し、自社の絵本ブランド「小学館の絵文庫」内でヒーローの写真絵本を続々と発売します。
さらに「冒険王」の秋田書店や大都社、少年画報社などもこのジャンルに参入しており、実写ヒーローの絵本は、このころを境に挿絵から写真へと大きく様変わりしました。
 

こうした流れはいわゆる「怪獣図鑑」などにも影響していきます。
71年にケイブンシャが発売した「原色怪獣怪人大百科」は370体もの怪獣すべてをカラー写真で掲載するという企画でベストセラーになりました。
 

71年後半以降の実写ヒーロー書籍では、写真中心の構成がスタンダードになっていきます。
 

同時に児童向け雑誌もカラーグラビアや綴じ込みブロマイドなどの「写真」を売りにする誌面に変化して部数を伸ばしていきます(こちらもご参照下さい)。
 
1971~72年前後は、印刷媒体において「挿絵から写真へ」という「リアル化」が起こっていたと考えることができると思います。
 

 
以上みてきたように、1970年代前半は男児向けキャラクター商品がさまざまな面で急速に「リアル化」していた時期でした。
 
スケールモデル志向が反映されたバンダイ模型のキャラクタープラモデルは、ぞくぞく登場する実写ヒーローを適度にリアルに立体化し、ブームの中心ではなくともおおむね順調に展開していたと考えられます。
 
ところがこの項目で触れてきた通り、マジンガーZやゲッターロボのプラモデル化ではつまずきをみせます。
例えばサイクロン号やサイドマシーンのゼンマイプラモはポピニカをはじめどんな玩具よりも精密でリアルでしたが、マジンガーZやゲッターロボではプラモデルよりジャンボマシンダーや超合金、変身サイボーグなどの方がはるかに「リアル」です(仮想のリアルではありますが)。
 

キャラクターの立体物として他社に大きく水を開けられたバンダイ模型は、ライバル商品に対抗しうる新たなロボットプラモデルの開発に取り組む必要に迫られます。
 
そしてその模索はグレートマジンガーの後期商品から顕在化していきます。 
 
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[ 2010/06/22 23:29 ] ジョイントモデル以前 | TB(0) | CM(6)

70年代前半の周辺事情 その1

この項目では1970年代前半のバンダイキャラクタープラモデルについて取り上げてきました。 
全体の状況変化をわかりやすくするために副次的な事象については省略してきたので、ここでいくつか補足しておきます。

バンダイ模型のリアルでない例
 
 
当時のバンダイ模型キャラクタープラモについて「リアル志向で出来がよい」と述べてきましたが、中にはリアル感とは遠い製品も存在しています。
 

画像は「ウルトラホーク秘密基地」シリーズのホーク1号ですが、寸詰まりで分厚い機体は映像イメージとはかけ離れています(画像のパーツは1983年の再版)。
同シリーズのホーク2号や「サンダーバード秘密基地」シリーズのTB1号などもリアルとは言いがたい形状です。
 

これは「マスコット変身忍者嵐」のハヤブサオーに騎乗する嵐(一部欠損あり)。
化身忍者とセットの立像プラモはスケールモデルを思わせる出来ですが、こちらはずいぶんマンガっぽい造形です。
 
このように同じ時期でも製品によって出来にバラつきがあるのは、設計担当者の違いによるものと思われます。
関係者インタビューによれば、当時のバンダイ模型では価格と金型サイズ以外の具体的なキット内容は担当設計者に一任されていたそうで、そうしたやり方はガンプラブームの頃まで続いていたようです。
当時のバンダイ模型社内には「プラモデルはオモチャではない」「スケールモデルこそ模型の王道」といった意識が強かったそうですが、それは組織として明確に合意されていたわけではないようなので、担当者の技量や志向性の違いが製品に反映されていたと考えられます。
 
ただし、こうしたリアル感の薄い例は多くはないので、全体的な傾向として「当時のバンダイキャラクタープラモデルはスケール志向が強く、出来のよいものが多かった」と考えることは間違いではありません。
 
 

また、スケール志向のキャラクタープラモデルは同時期の他社にも存在します。
例えば東京マルイのマットアローシリーズは劇中ミニチュアの形状を忠実に再現していますし、日東科学のゼンマイ歩行ジャイガーの皮膚感表現には明確なリアル志向が感じられます。
画像のアオシマのミニプラモも、スペクトルマン(71年)ではマンガっぽい造形だったのがイナズマン(73年)ではかなりリアルに変化しています。
 
こうしたリアルなプラモの背景としては、バンダイ模型と同様に担当設計者の資質が表れている場合や、男児向けキャラクター商品全体がリアル化していく傾向の影響などがあると考えられます。
 

リアル化するキャラクター玩具 ①
 
 
1971~72年ころは、男児向けキャラクター商品全体が急速にリアル化した時期でした。
 

すでに触れた通り、バンダイ模型のグループ会社であるポピーはこのころ「変身ベルト」「ポピニカ」というふたつのヒット商品を発売しています。
 
変身ベルトは仮面ライダーやバロム1など初期製品では玩具的で過剰な装飾は控えられており、劇中の形状と機能の再現を目ざした「リアル」なものになっています。
ただしヒット商品となった後には玩具化を前提にオモチャ会社がデザインを担当するという本末転倒が起こり、現在も続く「リアルなりきり玩具」の源流となります。
 
 
一方のポピニカも、初期に「ミニミニ」名義で発売されたサイクロン号やマッハロッドにはスケールが表示されており、本格的なミニカー志向だったことがうかがえます。
 
「キャラクターものミニカー」としては英国ディンキートーイのサンダーバードなどが存在しており、ポピニカの発想にはその影響が想像されます。同様の動きは他社にもあり、国内ではヨネザワの「マットカー」がポピニカより先行していたのをはじめ、キャラクター作品のダイカストミニカーはポピニカと同時期に多数発売されています。
 

画像はブルマァクの「ブルペット」シリーズ、向かって左からジャンボフェニックス、タックファルコン、サットカー。
クリアパーツの採用で、リアル感と玩具的な華やかさがうまく融合している印象です。
関係者の著作によれば、ブルペットは評判は良かったが生産ラインの問題で迅速な増産ができずに売り時を逃がしてしまったそうです。
 

こちらはフジホビー「ダイカミニ」シリーズのポインター、マットジャイロ、ウルトラホーク3号。
形状はまずまずですが、小ぶりで安価な製品のため質感はいまひとつの感じです。さまざまな形態で販売されており、一部の在庫品は袋入りで駄菓子屋経路でも売られたようです。
 

やや遅れて登場したのは永大の「グリップキャラクター」シリーズ(画像は1980年生産版)。
ポピニカより下の価格帯で、80年代初頭まで継続した人気シリーズでした。サンダーバードメカの商品化ではポピニカより先行しています。
 
 
 
変身ベルトのような本格的な「なりきり」玩具やミニカー感覚の精密なキャラクターモデルは、1960年代後半の「第一次怪獣ブーム~サンダーバードブーム」のころにはなかったもので、70年代に登場した新機軸の「リアル玩具」でした。
 
バンダイ模型のキャラクタープラモデルもこのような玩具のリアル化の情勢にうまく合致しており、堅実な存在感を示していたと考えられます。 
 
 
(続きます)
[ 2010/06/21 03:52 ] ジョイントモデル以前 | TB(0) | CM(0)