タイムカプセルより




実家の戸棚から、謎のタイムカプセルが出土しました。



中に入っていたのはプラモデルのジャンクパーツ。
バンダイ模型のゼンマイ仮面ライダー、マスコット変身忍者嵐、マッハロッドのパーツです。
以前の記事(参照1参照2)で掲載した時には欠損していたパーツの一部が見つかりました(嬉



さっそくライダーにマフラーを仮留めしてみます。

おお、やはりこうでなくては!


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[ 2017/08/15 22:02 ] ジョイントモデル以前 | TB(0) | CM(8)

デラックスでグレートなバリエーション?


バンダイ模型が1974年末ころに発売したDXモデル・グレートマジンガー(詳しくはこちら)。


完品は入手困難なので、なんとか手に入れたジャンク品をちまちまと修理しています。
パーツは赤で成型された上にシルバーメッキされ、さらにブルーがスプレー塗装されているのですが…





ブルー塗装のバリエーション?に気付いてしまいました。
上の画像では首までメッキされていますが、下の個体の首はブルー塗装になっています。

現物を見ると塗装の際のマスクずれという感じには見えないので、形状の異なる2種類の塗装用マスクが使用されていたために生じたバリエーションという可能性が考えられそうです。

ただでさえ生産期間が短く現物発見が困難なのに、さらにバリエーションまで存在するのでしょうか?
もうカンベンして、という気持ちです(T T



[ 2017/05/11 01:25 ] ジョイントモデル以前 | TB(0) | CM(6)

DXグレートマジンガー 存在確認

DXグレートマジンガー 存在確認


バンダイ模型が1974年末~75年春ころに展開したDXモデルシリーズ(参照12)。
全4種のうちグレートマジンガーは、発売自体は確定していながら現存する実物がこれまでほとんど確認できませんでした。


今回、組済みジャンク品ですがようやく現物を確認、入手しました。
商品内容はほぼ以前予想した通りで、赤色成型のパーツにメッキ・塗装が施されています。



同時にゲッター1のジャンク品も入手したので、いずれ全4種それぞれについて記事にしたいと考えています。
いつになるかはわかりませんが(^^;)


[ 2014/07/08 00:02 ] ジョイントモデル以前 | TB(0) | CM(4)

テッカマンの謎

テッカマンの謎
 
 
現在10万hit記念記事の準備を進めていますが予想より大掛かりになってきて、もう少し時間がかかりそうです。
今回は軽めに、以前から気になっていた件についてです。


画像は1975年末~76年初めくらいの時期と思われるバンダイ模型部の注文書です。
 
 

右下部分のアップがこちら。
バンダイからの発売が確認されていないテッカマンシリーズが記載されています。
しかも4種のラインナップと価格が日東科学の発売したテッカマンプラモと完全に一致しており、どうにも不思議です。
もしかしたら、バンダイ模型部が問屋として日東製品を取り扱っていたことを意味しているのでしょうか。
 
 
 

当時の大手玩具会社は製造と問屋機能を併せ持つのが普通だったようです。
画像はタカトクの広告(トイジャーナル1971年8月号掲載)ですが、日東のガメラシリーズのソフト人形が自社製品と混載されて「怪獣シリーズ」と銘打たれています。
ガメラシリーズでタカトクのタグや刻印のある個体は確認されていないので、これは問屋としてのタカトクの広告と解釈できます。
バンダイのテッカマンシリーズも、これと同様の扱いだったのでしょうか。
 
 
ちなみにプラモデル50年史付属のCD-ROMには、バンダイと日東科学の両方に同価格のテッカマンシリーズが記載されています。
バンダイの方には「マスコミシリーズ」というシリーズ名も明記されているので、CD-ROM情報を素直に解釈すればバンダイからもテッカマンプラモが発売されていた、又はその予定があったことになります。
 
例えば、当初はバンダイが版権を取得してプラモの製作にかかったものの、なんらかの事情で日東に版権が移動して金型ごと譲渡された、というようなことも考えられるかもしれません。
可能性は低いとは思いますが…
 
このあたりについてご存知の方はご教示いただけると幸いです。
 

以下は蛇足です。
こちらは1975年5月下旬の第14回静岡プラホビー見本市の冊子タイプの注文書。
 

 
中のバンダイの注文書に興味深い部分があります。
 
 

画像はモデルボーグの記載部分。この時点ですでに放送を終えているゲッター1とマッハバロンが、まだ受注されていることがわかります。
当時のキャラクター商品の展開は現在のように作品本編ときっちりリンクしておらず、また地方によっては放送が半年程度遅れている場合などもあったため、販売期間は放送期間より後にずれ込む場合が多かったようです。
 
 

こちらには「DXライディーン 600円」の記載があります。
 
ジョイントモデルの発売以前、ゲッターロボGにDXモデルの発売予定があったのは過去記事で触れましたが、どうやらライディーンにもDXモデルの予定があったようです。
ゲッタードラゴンとライガーは予価500円でしたが、ライディーンは600円になっているのも謎です。
ここで500円になっているゴッドバードは実際には700円で発売された可変モデルだと思われます。
 
 
[ 2014/03/02 22:27 ] ジョイントモデル以前 | TB(0) | CM(10)

ジョイントモデルの誕生

ジョイントモデルの誕生
 
 
前回述べたように、バンダイ模型は1974年末から1975年春季にかけて以下の4種のロボットプラモデルを発売しました。
 
  1.グレートマジンガー/ゲッターロボ秘密基地
  2.スーパートレーラー
  3.DXモデル
  4.モデルボーグ
 

これらはいずれもそれ以前のロボットプラモとはやや異なる要素で構成されています。
そうした変化の背景として、ポピーの超合金やジャンボマシンダーの大ヒットの影響があったのではないかと思われます。
 

そしてバンダイ模型は1975年度春季新番組の製品化を迎えます。
画像はその時期のカタログですが、この時点ではゲッタードラゴンとゲッターライガーのDXモデルの発売が予告されています。
追記…ライディーンにもDXモデルの発売予定がありました(予価600円)。
 
価格帯とキャラクター選定の一致から、このDXモデルの企画がジョイントモデルに変更された可能性が考えられます。
あるいはジョイントモデルがあらたに立ち上がったため、DXモデルは休止されたのかもしれません。
いずれにせよこのあたりがジョイントモデルの誕生時期のようですが、その企画はどのように成立したのでしょうか。
 

電撃ホビーマガジン(アスキー・メディアワークス)の2010年3月号にて、当時のバンダイ模型関係者の談話として「ジョイントモデルは超合金への対抗策だった」と端的に述べられています。
同誌にはこれ以上の情報はないのですが、当時の状況をもう少し詳しく考えてみます。
 
過去記事でも触れましたが、バンダイ模型とポピーはほぼ同時期にバンダイ本社から独立したグループ企業です。
バンダイ模型内部ではスケールモデルメーカー志向が強かったそうですが、一方でキャラクターモデルに関しては、同じ作品をもとに製品を作る点でポピーとはライバル関係になります。
 
当初のバンダイ模型のキャラクターロボットプラモデルは昭和30年代のブリキ玩具のような旧態依然としたものでした。
スケールモデル志向の強いバンダイ模型にとってキャラクターロボットは「しょせんは絵空事にすぎない、現実との接点の無いもの」であり、積極的な商品開発の動機はなかったのかもしれません。
 
それでも作品自体の人気によってマジンガーZやゲッターロボのプラモデルはよく売れています。
当時の模型小売店業界主催のモデル大賞において、最もよく売れた商品シリーズに贈られるプロフィット賞は、1973年マジンガーZ,1974年ゲッターロボとゼロテスターとなっています。(*)
   

ただし1973年夏季のジャンボマシンダーと1974年2月の超合金の発売によって、状況は大きく変化していきます。
ジャンボマシンダーと超合金の大ヒットはキャラクターロボットのみならず男児向けキャラクター商品全体を根底から変革するような規模になっていきます。
その勢いはグレートマジンガーが登場してマジンガーブームが2年目に入っても衰えることは無く、一過性のブームで終わらずに業界のあらたなスタンダードとして定着しようとしていました。 
 
ここに至ってバンダイ模型もこうした情勢変化に対応せざるを得なくなり、キャラクターロボットプラモデルの新しいかたちを模索し始めます。
その具体的な表れが前回取り上げた4シリーズでした。
こうした『超合金への対抗策』の結実がジョイントモデルだったと考えられます。
 
 (*)余談ですがプロフィット賞の1972年は仮面ライダー、1975年は合体マッハバロン、1976年は
        ロボダッチとなっています。
    一部模型関連ライターによる記事には『1970年代中盤にはキャラクタープラモは衰退して
    風前の灯だった』というような記述がよく見られますが、プロフィット賞の履歴と照合すると
    これらは主観的な思い込みによる、正確さに欠けた認識ということがわかります。
   

以上のような状況認識を踏まえると、バンダイ模型がDXモデルを継続しなかった理由は、根拠はないものの以下のように想像できそうに思います。
 

DXモデルの特徴はメッキによる金属感、オモリによる重量感、パンチ発射というもので、これらはすべて超合金の模倣になっています。
そして本物の金属の質感・重量感やパンチギミックの確実性、脚部可動などを持つ本家超合金の方があらゆる面で優れています。
 
こうしたことを考えると、
 
  異なるジャンルのヒット商品を模倣してもオリジナルの代用品以上にはならない、
  ましてそれがライバルの作り出した製品の模倣ならば積極的には継続したくない
 
DXモデルが休止された理由はおおむねこのあたりにあったと想像できるのではないでしょうか。
 


 
次に、ジョイントモデルがどのように立ち上がったのかを考えてみます。
ジョイントモデルの特徴を確認しておくと、以下の4点です。
 
  1.設定通りの形状再現(ギミックによる制約を受けない)
  2.各関節の可動
  3.接着剤不要の組み立て
  4.ある程度色分け済み
 
これらのうち1、3、4の要素は他社を含む先行製品にも見られるものです。
ジョイントモデル最大の特徴は2の関節可動ということになります。
 
 

前回触れた通り、バンダイ模型はモデルボーグでキャラクターロボットプラモの関節可動を試みています。
ただしそれは可動域や耐久性の点で問題が多く、まだ完成度の低いものでした。
モデルボーグの持つ複雑さ・多重性を整理して 構造を単純化し、DXモデルの価格帯におさめることで児童の買いやすさを併せ持ったのがジョイントモデルと考えられます。

ジョイントモデルがムク成型のパーツを多用してプラモデルよりも玩具に近い壊れにくさをもっているのは、モデルボーグでの壊れやすさに対応した結果なのかもしれません。
  
そしてジョイントモデルが安定した可動と耐久性を実現できたポイントとなったのが、専用のジョイントパーツの開発です。
 

ジョイントモデルに採用されたジョイントパーツは、やや弾性のあるプラと塩ビの中間のような材質を金属のハトメで固定する構造になっています。
このジョイントパーツを関節として各パーツをつなぎ合わせるだけで、自由に動いて壊れにくいロボットになります。
 

 
 ジョイントパーツがジョイントモデル成立の要点であり、パッケージでも売りとして強調されています。
では、バンダイ模型はどのような発想でこのジョイントパーツの開発に至ったのでしょうか。
 


ここで注目されるのがタカラのミクロマンです。
ミクロマンはジョイントモデルの1年ほど前、1974年7月に発売されました。
当初は雑誌やテレビでの広告展開が行われなかったにも関わらず児童に急速に普及して人気玩具になっています。
同年の年末商戦には早くも大型商品のタワー基地M-115も登場しており、超合金などのライバルとして順調に売り上げを伸ばしていたことがわかります。
 
ミクロマン開発担当の小川岩吉氏はビクトリー伝説(徳間書店1999)のインタビューにおいて、次のような内容を語っています。
 
  ミクロマンでいちばん問題だったのは関節部分だった。
  いろいろ試行錯誤したがうまくいかず、ある時小型の折り尺(折りたたみ式の定規)に使われている
  2ミリ径のビスに気づいて、それをヒントに短いビスを特注してようやく関節ができた。(要約)
 
この談話のポイントは、関節開発のヒントが折り尺だったという部分です。
言い換えると、玩具や模型などの近接ジャンルには参考になるような先行製品が存在しなかったということを意味しています。
 

モデルボーグでタカラの変身サイボーグの影響を強く受けていたバンダイ模型は、その後継シリーズとして人気を集めていたミクロマンも当然チェックしていたと思われます。
ジョイントモデルのハトメ関節をミクロマンと比較してみましょう。
 

 
金属パーツの形状は異なりますが、サイズと基本構造はよく似ています。
ミクロマン開発時にはこれほど小さい関節構造を持つ先行品は存在しなかった(だからこそ開発に苦労した)という事実からすると、ジョイントモデルのハトメジョイントはミクロマンをヒントに、その影響下に開発されたと考えるのが妥当だと思います。
 
そしてそのハトメジョイントは1976年にはさらにボールジョイントに刷新されますが、そこにもタカラのマグネモ・鋼鉄ジーグの影響が垣間見えるのは興味深い点です。(詳しくはこちら
 
また、ジョイントガイキングとコンバトラーVのデラックスセットはジョイントモデルをF1カーに乗せるというおかしな構成になっていますが、そもそもの出発点がミクロマンにあったとすれば「可動人形+乗り物」という組み合わせはむしろ必然だったと考えることができます。
 

 
 
 
金属感・重量感・パンチ発射という超合金の要素からはむしろ距離を置き、可動性能の一点に絞って超合金とは異なる魅力を持つロボットプラモを目指す。
安定した関節可動実現のためにミクロマンの関節構造に着目し、それを参考に関節自体をパーツ化して全身に実装するという独自の発想。
 
ジョイントモデルはこのような開発経緯で誕生したのではないでしょうか。
 
 

 
 

 
当ブログでは、ジョイントモデルの成り立ちはおおむね以上のようなものだったのではないかと想像しています。
ただし多くの部分が資料の裏付けのない推測ですので、どの程度事実に即しているのかはわかりません。
 
 
キャラクタープラモデルの歴史を扱う書籍などで、ジョイントモデルはしばしば「のちのガンプラにつながる関節可動プラモの元祖」などと紹介されることがあります。
しかしそうした可動プラモが誕生した背景やハトメからボールジョイントへの進化などについて詳述されている例は見た記憶がありません。
 
キャラクターロボットプラモデルの進化を考える時、ジョイントモデルとその前後のバンダイ模型プラモデルには注目すべき多様な要素が含まれていると思います。
こうした部分への詳しい取材と情報の公開が行われるよう願っています。
 
 
[ 2012/04/10 20:22 ] ジョイントモデル以前 | TB(0) | CM(7)