ボルトインボックス付属品


PC033158.jpg

超電磁マシーンボルテスV・ボルトインボックス。
画像は1978年の正月明けに購入してずっと所有しているものです。


PC033163.jpg
付属品があちこち散逸していたのですがやっと再結集できたので、この機会に取り上げておきます。
なにかのご参考に(^^


PC033165.jpg
まず、ポピニカ手帳と超合金ボールペン。
手帳は最後期の「ものしりテレビ局№2」、昭和52年10月1日初版となっています。
内容は宇宙やスーパーカー、スポーツなどに関する雑学が中心で、オモチャの紹介は(当時の)現行作品関連のみなのが残念。やっぱり前年発行の「おもちゃ大図鑑」が欲しかったな~

ポピーの提供番組一覧ページに月曜夜8時放送の「みごろ・たべごろ・笑いごろ!」が含まれていて興味深いですが、これは「デンセンマンの番組」ということなのでしょうね。
ポピーはデンセンマンのミニソフト人形や凧(ポピーカイト)を発売していました。

PC033204.jpg
超合金ボールペンは銀色のものが入っています。
コンバトラーのパンチは左手で、発射のほかペンのキャップとして使用できます。

PC033155.jpg
本当は金色でポケットに差し込むパーツが付いてるやつが欲しかったです…
画像は講談社テレビマガジン1977年9月号より。


PC033166.jpg
ついでに、内フタの最下部がこちら。

PC033172.jpg

PC033168.jpg
各ポピニカのパーツ購入申し込み券になっています。
ランダーのミサイル、今からでも申し込みたいです(^^;



PC033177.jpg
他に付属している紙もの一式がこちら。

PC033181.jpg
ボックス専用のボルトイン計画書。

PC033182.jpg
掲載写真には初期版ポピニカが使用されています。

PC033152.jpg
なお、初期のボルトイン計画書は表紙デザインなど一部が普及版とは異なっていました。
画像はテレビマガジン1977年12月号より。
このバージョンも欲しいですが入手はタイヘンそうです…


PC033185.jpg
専用のアンケートハガキ、下部は広告になっています。

PC033192.jpg
大型基地ビッグファルコン広告。価格は3000円でした。

PC033188.jpg
アンケート説明部分。締め切りは1978年2月末です。

PC033187.jpg
アンケート面。


PC033207.jpg
ボールペン説明書。市販の替え芯が使用できるとの記載があります。


PC033194.jpg

PC033196.jpg
内部構造図は単品ポピニカ付属品と同じもののようです。
各ポピニカについての簡単な紹介があります。


PC033198.jpg
最後は77年カタログ№4です。

こうした紙ものは現存しにくいでしょうから、新品状態の判断基準になるかと思います。




PC033160.jpg

さすがに40年以上が経過しているので、画像の現物は持ち手のパーツが破損しています、無念…
それにパンザーのキャタピラも片方は切れてしまいました。
ゴム用の接着剤で補修できるのかな~



スポンサーサイト



[ 2019/12/04 14:29 ] 合金・プラトイ | TB(-) | CM(2)

《再掲》トカゲロンと怪人大軍団


2012年3月17日投稿の再掲載です。




 トカゲロンと怪人大軍団 RAH-220 
 
 
メディコムトイのREAL ACTION HEROES(RAH)で遊ぶシリーズ。
今回は仮面ライダー旧1号と第1クールに登場したクモ男からトカゲロンまでの怪人の対決スチールをRAH-220で再現します。
 
 

まずは第1話登場のクモ男。画像は第1話制作時に生田スタジオ近辺で撮影された特写です(仮面ライダーファイルマガジンVol.1/講談社2004より)。
 

RAH-220での再現。今回は人形の自立にはこだわらず、できるだけ写真に近いポーズをとらせてみました。
 
 
 

第3話のサソリ男、画像は天田の仮面ライダーカードゲームより。
 

RAH-220のサソリ男は色調・造形ともに本編イメージとはやや異なるものになっています。
 
 

第2話登場のコウモリ男、画像はカードゲームより。
 
コウモリ男とサラセニアンは本編での対決がナイトシーンになっていました。
そのため印刷媒体用のクリアなスチールを別途用意する必要があり、制作第5話(放映8話)のロケ時に簡単な撮影会が行われたようです。
上の写真のバリエーションには緑川ルリ子が登場しているものがあり、その服装から制作第5話のロケ時ということがわかります。
 

旧1号の肩関節の保持はいまひとつ甘いため、ポーズがきっちり決まりきらない感じです。
 
 

第4話登場のサラセニアン、カードゲームより。
上のコウモリ男と同時に撮影されたと思われる特写で、本編とは異なりショッカーベルトをしています。
 

画像の旧1号は合皮の劣化防止のため、ベルトの下に巻かれたビニールは付けたままの状態です。
 
 
 

制作第5話のハチ女との決戦。画像は仮面ライダー大全昭和編(講談社/2011)より。
 

持ち手に鷲の頭が付いたショッカーのサーベル?はこれが初使用のようです。
 
なお制作第6話(放映5話)登場のカマキリ男は意外なことに旧1号と単体で絡んだスチールが存在しないようなので、今回は割愛します。
 
 

制作7・8話(放映6・7話)の死神カメレオン、画像はカードゲームより。
大阪万博跡地ロケでの特写です。
 

藤岡弘氏の身体のひねりや重心の取り方は独特で、このサイズの人形ではちょっと再現できないようです。
 
 
 

第9・10話登場のコブラ男と猿島での対決。画像は仮面ライダー1号・2号超百科(講談社/1992)より。
 

RAH-220のコブラ男は全体的にいまひとつの印象です。
 
 
 

第11話のゲバコンドルとの決戦、画像はカルビーライダースナックのおまけカード84番です。
 

怪人の素体は肩関節の保持力がひどく弱いため、本編スチールのように腕を横に広げたポーズはとれませんでした。
 
 

第12話登場のヤモゲラス。画像は仮面ライダー大全昭和編に掲載された第13話での写真です。
この時期のライダーのアクション用マスクはCアイまでラテックス製のため、アップ用マスクとのイメージギャップが大きくなっています。
 訂正……Cアイは発泡スチロール製のようです。
 

RAH-220のヤモゲラスはビビッドな色彩でなかなかいい感じです。
 
 

第13話のトカゲロン、仮面ライダー大全昭和編より。
トカゲロンと旧1号の接近しての格闘場面は存在しないので、直接絡んだスチールは撮影されていないようです。
 

RAH-220のトカゲロンは極薄の軟質スーツでよく動きます。
首と腕の付け根の分割方法にもうひとつ工夫が欲しかった気がします。
 
 

RAHを使ったスチール再現は、今後はザンジオー対ダブルライダーやカメバズーカ対ダブルライダー、8人・9人・10人ライダーなどをやってみたいと考えています。
 
 
[ 2019/12/02 23:00 ] 合金・プラトイ | TB(-) | CM(0)

《再掲》ライダーブームの断片


2012年3月4日投稿の再掲載です。




ライダーブームの断片
 
 
仮面ライダー本放送当時の、ライダーブームを想起させるものをいくつか取り上げてみます。
 

画像はブリヂストンの子供向け自転車ドレミのフロントカウル部です。
アクション用サイクロンを模した形状のドレミは、撮影用スーツにそっくりなライダースーツを着た子供をCMに登場させて当時の児童の憧れの自転車となりました。
 
 

講談社のたのしい幼稚園1972年2月号に掲載された広告。旧2号そのもののライダースーツとストレートなキャッチコピーで、子供の心をわしづかみにしました。
ただしこのころの自転車はたいへん高価だったので、実際にドレミに乗れた子供よりも乗れなかった子供のほうがはるかに多かったと思われます。
 
 

ドレミのカウルはサイクロンの基本イメージを再現していますが、中央のマークが独自の商標にアレンジされているのがちょっと残念です。
 

そこで、バンダイ模型のプラモデルに同梱されていた立花レーシングのシール(のコピー)を付けてみると、ほぼサイズがぴったりでサイクロン度数?が上昇したようです。
もしかしたら、当時同じことをした子供もいたのではないでしょうか。
なお画像右下のショッカーバックルもやはりバンダイ模型製で、こうもり男に台座として付属していたパーツです。
 
 

ライダーファンとしては、ドレミよりもCMで使用しているライダースーツが欲しくてたまりませんでした。
この子供用ライダースーツのインパクトは大きかったようで、以後も同じパターンの広告が作られています。
 
 

画像上は小学館の幼稚園1973年3月号、下はたのしい幼稚園同年5月号に掲載の広告です。
 

新しいドレミとともに並んだ新1号たちは、どことなくにせライダーみたいに見えます。
 

V3も同様に子供スーツが制作されています。
ドレミ自体はX、アマゾンでも発売されましたがそれらのスーツが作られたかどうかは未確認です。
スカイライダー時にも再びスーツが作られましたが、子供の顔が露出するヘルメットになってしまって魅力が半減していました。
 

次は2号の写真の切り抜きです。
 

 

 

これらはコイズミライダーデスクに付属のピンナップを切り抜いた物です。
 
 

この画像はコイズミのHPからの引用です。
当時は旧2号がスポットライトを動かしたりして机の機能を紹介するCMが盛んに放送されていました。
画像でバックボードとされているのが紙製のピンナップです。
 

上の写真を見ると、本来こんな状態で配置されていたようです。いちばん大きいバストアップの写真は紛失してしまい、現存していません。
 
ライダーデスクは放送当時にはよく知られた存在で自分も近所の友達も使っていたのですが、現在画像を探してみるとほとんど出てこないようです。
自宅のライダーデスクは高さ調節部の金属パーツが破損してしまい、中学入学の頃には処分されてしまったように記憶しています。
 
 

最後は色紙です。
 

画像の色紙は新1号放送時期に地元でサイン会が行われた時のものです。
ちょっと見づらいですが仮面ライダーじごく大使ショッカーアブゴメスのサインが書かれています。
なお『ショッカー』は戦闘員のサインです。
 
今でもよく憶えていますが、このサイン会当日に自分は高熱を出して寝込んでいました。
親は当然外出を許可してくれなくて、とてもくやしかったのですがどうにもなりません。
代わりに行ってくれた兄が二人分の色紙を持ってきてくれました。
 
兄によれば「ライダーも怪人も全部本物だった」とのことで、地獄大使は潮健児氏が演じていたようです。
サイン会では地獄大使が兄を指差して、戦闘員に「この子供の顔をよく覚えておけ」と言ったそうで、『ショッカーに狙われた!?』ということで、しばらく子供たちは盛り上がっていました。
田舎の小さなサイン会でも悪の大幹部を演じ切っていた潮健児氏の役者魂に、あらためて敬服します。
 
 

このサイン会ではテレビマガジンで募集していた少年仮面ライダー隊の隊員証も配布(または販売?)されました。画像はその現物で、印刷の精度などから見て複製品とは考えにくく、隊員番号と本部の証明印もきちんと入っています。
 
隊員証と色紙にはどちらも『××地区隊長○○○○』という判が押してあり、その名前は地元選出の市会議員H氏のものになっています。
あとになって、H氏には当時小学一年生の息子がいたと知りました。
そうした事情から、このサイン会は息子へのサービスと地元での周知活動を兼ねてH氏が主催したものだった可能性が高いようです。
 
この隊員証がテレビマガジンによる正規品だとすると、H氏はこれをどのように用意したのでしょうか。
サイン会の企画段階でテレマガを大量に購入して自分で編集部に申し込んだのか、それともテレマガ編集部がサイン会やアトラクションショーに対応して隊員証を別途制作していたのでしょうか。 
本物の演者まで登場していたオフィシャル性からして後者だった可能性が高いと思われますが、今となっては詳細はわかりません。
 
同様の体験をお持ちの方がいらっしゃったら情報をお寄せいただけたらと思います。
 
 

 

 
1971年度前半は帰ってきたウルトラマンを中心に第2次怪獣ブームが盛り上がりましたが、秋の終わり頃から人気の焦点は仮面ライダーに移ってライダーブームとなりました。
子供はこぞって変身ポーズとともにライダーごっこに明け暮れ、テレビでも局の垣根を越えてさまざまな番組に旧2号が出演したようです。
 
翌1972年度は実写ヒーロー番組が激増して人気が分散してしまったため、仮面ライダー自体の人気の集中度としては71年度終盤ころがそのピークだった気がします。
 
 
[ 2019/11/30 09:48 ] 暫定 | TB(-) | CM(0)

ずるいよダイモス


P7092961.jpg

ポピーのデラックス超合金闘将ダイモス。


SN3M0045[1811]
画像の現物は1978年放送当時購入したものです。

P7092940.jpg
箱側面に見本写真があるのですが…

P7092947.jpg
中身の現物とは造形が異なっており、特にプロポーションがまったく違っています。


SN3M0041[1809]
これはてれびくん1978年8月号(小学館)表4に掲載の広告で、箱側面の掲載品と同じもののようです。
どうやらこれは、スタンダード超合金にトランザー時を思わせるパーツを付けたものに見えます。
スタンダードはデラックスと違ってカッコイイプロポーションになっています。

SN3M0043[1807]
こちらは同誌6月号懸賞ページより。プレゼント品目はポピニカトランザーとスタンダードダイモスですが、掲載写真はデラックスダイモスの試作品のように見えます。
この時点では市販品より頭部が小さく、悪くないプロポーションになっています。
デラックスダイモスは、このあとトランザー形態を優先して頭部が大型化されたようです。

P7092964.jpg
たしかに製品ではトランザー時の印象が良くなっていますが、肝心のロボット形態のプロポーションを犠牲にしてまでこだわるべきポイントなのかは疑問です。
箱や広告にスタンダード改造品を使用しているのは、「このプロポーションはヤバい」という自覚がポピーにあったのではないかと想像させます。

超合金の箱に掲載された写真が中身と違うのはよくある事例ではありますが、デラックスダイモスの場合は、どうも悪意や害意を感じてしまいます。


P7092979.jpg
ジャスティーンからの変型過程の再現という点ではデラックスダイモスはよく出来ています。

P7092966.jpg
しかし当時初めて手にした時には、率直に言ってかなりガッカリしました。

P7092951.jpg
プロポーションだけでなく、凝っている割に意味の薄い脚部伸縮機構、ダイモスの背中にトランザーパーツが開き直ったように残っていることなどは悪印象でした。
特に背中については「ライディーンより進化どころか退化してるじゃん!」と思いましたね(^^;



P7092935.jpg

P7092986.jpg

こんな状態だと、さほど悪くないようにも見えますが……

ずるいよ、ダイモス…


[ 2019/11/27 20:23 ] 合金・プラトイ | TB(-) | CM(2)

《再掲》ジョイントモデルの誕生

2012年4月10日投稿の再掲載です。




ジョイントモデルの誕生
 
 
前回述べたように、バンダイ模型は1974年末から1975年春季にかけて以下の4種のロボットプラモデルを発売しました。
 
  1.グレートマジンガー/ゲッターロボ秘密基地
  2.スーパートレーラー
  3.DXモデル
  4.モデルボーグ
 

これらはいずれもそれ以前のロボットプラモとはやや異なる要素で構成されています。
そうした変化の背景として、ポピーの超合金やジャンボマシンダーの大ヒットの影響があったのではないかと思われます。
 

そしてバンダイ模型は1975年度春季新番組の製品化を迎えます。
画像はその時期のカタログですが、この時点ではゲッタードラゴンとゲッターライガーのDXモデルの発売が予告されています。
追記…ライディーンにもDXモデルの発売予定がありました(予価600円)。
 
価格帯とキャラクター選定の一致から、このDXモデルの企画がジョイントモデルに変更された可能性が考えられます。
あるいはジョイントモデルがあらたに立ち上がったため、DXモデルは休止されたのかもしれません。
いずれにせよこのあたりがジョイントモデルの誕生時期のようですが、その企画はどのように成立したのでしょうか。
 

電撃ホビーマガジン(アスキー・メディアワークス)の2010年3月号にて、当時のバンダイ模型関係者の談話として「ジョイントモデルは超合金への対抗策だった」と端的に述べられています。
同誌にはこれ以上の情報はないのですが、当時の状況をもう少し詳しく考えてみます。
 
過去記事でも触れましたが、バンダイ模型とポピーはほぼ同時期にバンダイ本社から独立したグループ企業です。
バンダイ模型内部ではスケールモデルメーカー志向が強かったそうですが、一方でキャラクターモデルに関しては、同じ作品をもとに製品を作る点でポピーとはライバル関係になります。
 
当初のバンダイ模型のキャラクターロボットプラモデルは昭和30年代のブリキ玩具のような旧態依然としたものでした。
スケールモデル志向の強いバンダイ模型にとってキャラクターロボットは「しょせんは絵空事にすぎない、現実との接点の無いもの」であり、積極的な商品開発の動機はなかったのかもしれません。
 
それでも作品自体の人気によってマジンガーZやゲッターロボのプラモデルはよく売れています。
当時の模型小売店業界主催のモデル大賞において、最もよく売れた商品シリーズに贈られるプロフィット賞は、1973年マジンガーZ,1974年ゲッターロボとゼロテスターとなっています。(*)
   

ただし1973年夏季のジャンボマシンダーと1974年2月の超合金の発売によって、状況は大きく変化していきます。
ジャンボマシンダーと超合金の大ヒットはキャラクターロボットのみならず男児向けキャラクター商品全体を根底から変革するような規模になっていきます。
その勢いはグレートマジンガーが登場してマジンガーブームが2年目に入っても衰えることは無く、一過性のブームで終わらずに業界のあらたなスタンダードとして定着しようとしていました。 
 
ここに至ってバンダイ模型もこうした情勢変化に対応せざるを得なくなり、キャラクターロボットプラモデルの新しいかたちを模索し始めます。
その具体的な表れが前回取り上げた4シリーズでした。
こうした『超合金への対抗策』の結実がジョイントモデルだったと考えられます。
 
 (*)余談ですがプロフィット賞の1972年は仮面ライダー、1975年は合体マッハバロン、1976年は ロボダッチとなっています。一部模型関連ライターによる記事には『1970年代中盤にはキャラクタープラモは衰退して風前の灯だった』というような記述がよく見られますが、プロフィット賞の履歴と照合するとこれらは主観的な思い込みによる、正確さに欠けた認識ということがわかります。
   

以上のような状況認識を踏まえると、バンダイ模型がDXモデルを継続しなかった理由は、根拠はないものの以下のように想像できそうに思います。
 

DXモデルの特徴はメッキによる金属感、オモリによる重量感、パンチ発射というもので、これらはすべて超合金の模倣になっています。
そして本物の金属の質感・重量感やパンチギミックの確実性、脚部可動などを持つ本家超合金の方があらゆる面で優れています。
 
こうしたことを考えると、
 
  異なるジャンルのヒット商品を模倣してもオリジナルの代用品以上にはならない、
  ましてそれがライバルの作り出した製品の模倣ならば積極的には継続したくない
 
DXモデルが休止された理由はおおむねこのあたりにあったと想像できるのではないでしょうか。
 


 
次に、ジョイントモデルがどのように立ち上がったのかを考えてみます。
ジョイントモデルの特徴を確認しておくと、以下の4点です。
 
  1.設定通りの形状再現(ギミックによる制約を受けない)
  2.各関節の可動
  3.接着剤不要の組み立て
  4.ある程度色分け済み
 
これらのうち1、3、4の要素は他社を含む先行製品にも見られるものです。
ジョイントモデル最大の特徴は2の関節可動ということになります。
 
 

前回触れた通り、バンダイ模型はモデルボーグでキャラクターロボットプラモの関節可動を試みています。
ただしそれは可動域や耐久性の点で問題が多く、まだ完成度の低いものでした。
モデルボーグの持つ複雑さ・多重性を整理して 構造を単純化し、DXモデルの価格帯におさめることで児童の買いやすさを併せ持ったのがジョイントモデルと考えられます。

ジョイントモデルがムク成型のパーツを多用してプラモデルよりも玩具に近い壊れにくさをもっているのは、モデルボーグでの壊れやすさに対応した結果なのかもしれません。
  
そしてジョイントモデルが安定した可動と耐久性を実現できたポイントとなったのが、専用のジョイントパーツの開発です。
 

ジョイントモデルに採用されたジョイントパーツは、やや弾性のあるプラと塩ビの中間のような材質を金属のハトメで固定する構造になっています。
このジョイントパーツを関節として各パーツをつなぎ合わせるだけで、自由に動いて壊れにくいロボットになります。
 

 
 ジョイントパーツがジョイントモデル成立の要点であり、パッケージでも売りとして強調されています。
では、バンダイ模型はどのような発想でこのジョイントパーツの開発に至ったのでしょうか。
 


ここで注目されるのがタカラのミクロマンです。
ミクロマンはジョイントモデルの1年ほど前、1974年7月に発売されました。
当初は雑誌やテレビでの広告展開が行われなかったにも関わらず児童に急速に普及して人気玩具になっています。
同年の年末商戦には早くも大型商品のタワー基地M-115も登場しており、超合金などのライバルとして順調に売り上げを伸ばしていたことがわかります。
 
ミクロマン開発担当の小川岩吉氏はビクトリー伝説(徳間書店1999)のインタビューにおいて、次のような内容を語っています。
 
  ミクロマンでいちばん問題だったのは関節部分だった。
  いろいろ試行錯誤したがうまくいかず、ある時小型の折り尺(折りたたみ式の定規)に使われている
  2ミリ径のビスに気づいて、それをヒントに短いビスを特注してようやく関節ができた。(要約)
 
この談話のポイントは、関節開発のヒントが折り尺だったという部分です。
言い換えると、玩具や模型などの近接ジャンルには参考になるような先行製品が存在しなかったということを意味しています。
 

モデルボーグでタカラの変身サイボーグの影響を強く受けていたバンダイ模型は、その後継シリーズとして人気を集めていたミクロマンも当然チェックしていたと思われます。
ジョイントモデルのハトメ関節をミクロマンと比較してみましょう。
 

 
金属パーツの形状は異なりますが、サイズと基本構造はよく似ています。
ミクロマン開発時にはこれほど小さい関節構造を持つ先行品は存在しなかった(だからこそ開発に苦労した)という事実からすると、ジョイントモデルのハトメジョイントはミクロマンをヒントに、その影響下に開発されたと考えるのが妥当だと思います。
 
そしてそのハトメジョイントは1976年にはさらにボールジョイントに刷新されますが、そこにもタカラのマグネモ・鋼鉄ジーグの影響が垣間見えるのは興味深い点です。(詳しくはこちら
 
また、ジョイントガイキングとコンバトラーVのデラックスセットはジョイントモデルをF1カーに乗せるというおかしな構成になっていますが、そもそもの出発点がミクロマンにあったとすれば「可動人形+乗り物」という組み合わせはむしろ必然だったと考えることができます。
 

 
 
 
金属感・重量感・パンチ発射という超合金の要素からはむしろ距離を置き、可動性能の一点に絞って超合金とは異なる魅力を持つロボットプラモを目指す。
安定した関節可動実現のためにミクロマンの関節構造に着目し、それを参考に関節自体をパーツ化して全身に実装するという独自の発想。
 
ジョイントモデルはこのような開発経緯で誕生したのではないでしょうか。
 
 

 
 

 
当ブログでは、ジョイントモデルの成り立ちはおおむね以上のようなものだったのではないかと想像しています。
ただし多くの部分が資料の裏付けのない推測ですので、どの程度事実に即しているのかはわかりません。
 
 
キャラクタープラモデルの歴史を扱う書籍などで、ジョイントモデルはしばしば「のちのガンプラにつながる関節可動プラモの元祖」などと紹介されることがあります。
しかしそうした可動プラモが誕生した背景やハトメからボールジョイントへの進化などについて詳述されている例は見た記憶がありません。
 
キャラクターロボットプラモデルの進化を考える時、ジョイントモデルとその前後のバンダイ模型プラモデルには注目すべき多様な要素が含まれていると思います。
こうした部分への詳しい取材と情報の公開が行われるよう願っています。
 
 
[ 2019/11/27 11:26 ] ジョイントモデル | TB(-) | CM(0)