《再掲》スーパーカー・ブーム


2015年12月14日投稿の再掲載です。





スーパーカー・ブーム




1976年後半から78年春ころまで、熱狂的なスーパーカーブームがありました。
画像は当時発売されていた1/28ダイキャストミニカー、グリップテクニカのランボルギーニ・カウンタックLP500Sとポルシェ930ターボです。







クルマにまったく興味がない私でもブーム時にはそれなりにスーパーカーにはまりました。
上の画像は地元新聞社主催のスーパーカーショーの半券とそのとき撮影した写真、いずれもカウンタックが表紙のアルバムに貼ってあります(^^;

基本的にキャラクタージャンルにしか興味のない子供でもブームにはまったのは、当時スーパーカーは自動車であると同時にきわめてキャラクター的に受容・消費されたからではないかと考えています。



当時のブームについては画像のような雑誌をはじめさまざまな媒体で語られていますが、当ブログでは本来キャラクタージャンルが好きだった立場から見たブームについて書いてみます。




スーパーカーブームのきっかけが少年ジャンプの連載漫画「サーキットの狼」だったことはよく知られています。
1974年末から開始された同作は当初人気が低迷して打ち切りの危機もあったそうですが、数ヶ月で高い支持を獲得して人気漫画になったそうです。


そして「サーキットの狼」の人気が盛り上がってきた75年後半ころから、ランボルギーニミウラやポルシェ911などのプラモデル・ミニカー類の売り上げが上昇するという現象が起こり始めていたようです。
アオシマ関係者のインタビューでは、このころ既に有名外車ディーラーにカメラを持った子供たちが集まっているのを確認していたと語られており、75年の終わりころにはブームのきざしが表れていたと考えられます。
ただし、この時点ではそうした現象の発信源が「サーキットの狼」であると気付いていた関係者は多くはなかったようです。
上の画像はこのころ人気だったプラモデルの一例、オオタキの1/12ポルシェ911ターボ(74年発売)。



翌1976年になると、一連の現象が「サーキットの狼」登場車を求めてのものだったことに気付いた日東科学が正式版権を取得して6月から「サーキットの狼」プラモデルシリーズを展開します。
画像は同シリーズの1/24ランボルギーニ・イオタ。

この段階で人気の焦点は同作に登場するヨーロピアンスポーツカー(のちのスーパーカー)であることが共通認識となりました。
さらに同年10月には日本初のF1グランプリが開催され、6輪車タイレルP34をはじめとするF1マシンの人気も加わってブームが加熱していきます。
ただし、プラモデルや玩具の開発には数ヶ月単位の時間がかかるため、76年の年末商戦にはいわゆるスーパーカー商品はほとんど間に合わなかったようです。


76年後半の玩具・模型界では、ブーム以前に開発・発売されていた商品ラインナップの中でたまたまスーパーカーに含まれる車種があるとそれを前面に出す、という程度の展開がせいぜいだったようです。
画像はニッコーのセミデラコン、タイレルP34。ブームと無関係に開発されていて日本GPよりも早く発売され、CM放映の効果もあって人気となった商品です。




日東の「サーキットの狼」シリーズは、版権を得たキャラクター商品でありながら内実は純粋な自動車プラモデルであるという点がユニークでした。

日東とすれば既に金型を所有している既存の自動車プラモをシリーズにそのまま投入したり、逆に「サーキットの狼」シリーズとして開発した自動車を一般のスケールモデルとして発売することが可能です。
ユーザーの立場では、例えば日東よりもっと大きなサイズのプラモが欲しいとか、もっと精密なプラモが欲しいなどの欲求があれば、他社のスケールプラモがその選択肢に入ることになります。


画像はバンダイ模型の1/16フェラーリ・ディーノ(ディーノ206コンペティツィオーネ)。
もとは今井科学から継承した製品ですが、ブーム時には車体が赤で成型されています。


箱側面の完成見本も赤い車体になっており、あきらかに「サーキットの狼」の主役マシン「フェラーリディノ・レーシングスペシャル」のデラックスプラモという位置づけを狙っていることがわかります。


当時は自動車の商品化にあたっての権利事情はかなりゆるやかでハードルの低いものだったと思われ、1977年には大メーカーから中小メーカーまでがこぞってスーパーカー市場に参入してとんでもない数の商品が市場に溢れました。

キャラクターものであれば商品化権は特定メーカーにしか許諾されませんが、無数のメーカーが競うように商品を発売しまくったことがスーパーカーブームの熱狂度を上昇させていたと思います。





ブーム初期には「サーキットの狼」最初の主役マシンであるロータス・ヨーロッパが人気の中心だったようですが、ブームの拡大とともに情報の周知が進むにつれランボルギーニ・カウンタックがスーパーカーを代表する人気車種となりました。

カウンタックの独特な車体デザインや上に跳ね上がるドア、リトラクタブルライト、公称300Km/hの最高速度などは当時の少年が日常生活で接する乗用車とは大きくかけ離れたものでした。
むしろそれは特撮やアニメに登場する架空のマシンに近く感じられ、それまで自動車に関心のなかった子供も興味を惹かれることになったと思われます。
日常性からの乖離という意味で、カウンタックは当時のスーパーカーの中で最もキャラクター的な存在だったと言えそうです。

上の画像はアオシマの1/20カウンタックLP400。カウンタックとしては初めての本格的な立体商品であり、76年12月発売時のオレンジ車体の初版はまたたく間に売り切れ状態になったそうです。
画像の現物は箱絵と成型色を変更した普及品。当時は車体を塗装しないライトユーザーが多かったので成型色には大きな意味がありました。




F1マシンのタイレルP34も、通常4輪であるべきタイヤが6輪あるという特徴が非日常性を感じさせ、キャラクター的な魅力となって人気を集めていました。
画像はグリップテクニカの1/20モデル。



ブームを受けて制作されたアニメ作品に登場するF1マシンがいずれも6輪や8輪になっていることが、タイレルP34のキャラクター的な人気の高さを示しています。




もともと自動車に興味のない立場からすると、スーパーカーの魅力は普通の乗用車とはかけ離れた非日常性にあり、実質的にキャラクタージャンルの架空のマシンに近いものでした。
キャラクターに近い存在であるなら、商品展開も通常の自動車の範囲にとどまらずキャラクターに倣ったものになります。
結果として、ブーム時にはあらゆるジャンルの製品がスーパーカー商品になりました。

玩具や模型はもちろん、駄菓子屋ではカードやブロマイド、消しゴムをはじめさまざまな駄玩具が。
スーパーや食料品店では菓子・飲料メーカーがスーパーカーを使ったキャンペーンを展開。
雑貨店にはスーパーカーのついたコップや食器、ごみ箱などの日用品が。
文具店ではノート、下敷き、筆箱から鉛筆までがスーパーカー商品になっています。
レコード店にはエンジン音を収めたレコードやアイドルの歌うスーパーカーソングが並びました。
前述の通り、通常のキャラクターと違って版権の制約がないために膨大なメーカーが参入して空前絶後の商品供給となりました。


書店には若者向けのグラフ誌から少年向けの図鑑、幼児向けの絵本などのスーパーカー書籍や特集雑誌が大量に並びました。
画像はケイブンシャのムックと二見書房のカード図鑑。

こうした中で、テレビマガジン、テレビランドなどのキャラクター雑誌や学年誌でもスーパーカーが掲載されるようになります。


1976年ころから実写ヒーローやアニメは大半が幼年向けに特化してしまい、玩具メーカーとのつながりが強化される一方でユーザーの総数は減少して、ジャンル全体の人気が沈降していきました。
変身ブームのころには小学5、6年生でも普通にライダースナックを買っていたことを考えれば、4~5年のうちにキャラクター作品のファン層がかなり縮小していたことがわかります。
例えばテレビマガジンでは76年後半からは柱となるキャラクターが不在で毎号のように表紙のメインキャラクターが変更され、77年前半には画像のように特定のキャラクターで表紙を構成することすら出来なくなっています。



キャラクター全体が弱体化していたこの時期に、それを補う勢力として玩具発キャラクターのミクロマンとともにスーパーカーが誌面をにぎわすことになります。
本来は仮面ライダーやマジンガーが飾っていたテレマガの表紙にメインで掲載されているカウンタックは、やはり自動車というよりキャラクターとして扱われているように思えます。





そしてカウンタック=キャラクターを決定的に体現しているのがこちら、なんとカウンタックのお面です(^^
ライトとドアを上げた状態のカウンタックを正面からとらえて顔に見立てているのでしょうか。


車体下部とバンパー(一部破損あり)がのぞき穴になっていて、メガネのように装着するようです。



他のヒーローお面と並べてみると、いわゆるスーパーカーショーはヒーローのアトラクションショーと等質なものだったという見方もできそうです。

このように、実在の自動車でありながらまるで空想上のキャラクターのように受容・消費されていたことが当時のスーパーカーブームの特徴であり、空前の規模と広がりを見せることになった要因のひとつだったと思います。




その後スーパーカーブームは78年春ころを境に急速に終息します。
初夏ころにカウンタックのニューモデルが発表されましたが、その時点では世間的な反応はきわめて静かなものだったと記憶しています。

もともとスーパーカーブームは、
・自動車(実在のメカ)のファン ・カメラで撮影するのが好きなファン ・プラモデルファン ・ミニカーファン 
・ラジコンファン ・キャラクタージャンルのファン ・流行に乗っただけのライトファン
などのように多様なファン層が集合して形成していたものです。

それぞれのファンが自分本来の領域へと回帰することで、ブームは自然消滅したのではないかと思います。

個人的には、77年夏の宇宙戦艦ヤマト劇場公開をきっかけにキャラクタージャンルが中高生以上でも嗜好するものとして再認知されたこと、特にロマンアルバム(徳間書店)やファンタスティックコレクション(朝日ソノラマ)などで作品の基礎資料が出版されるようになったこと、を受けてアニメ・特撮というキャラクタージャンルに興味の中心が移っていき、スーパーカーからは自然にフェードアウトしました。


自分のクルマに対する知識や興味はスーパーカーブーム時のものがすべてで、それ以前もそれ以降もまったくわかりません。
今回の記事に間違いなどあればご指摘ください(^^





スポンサーサイト



[ 2019/11/23 00:43 ] 暫定 | TB(-) | CM(0)

マジンガー・ショック


再掲載ばかり続けているので、ちょっと軽いつなぎを。


講談社から発売予定だったテレビマガジン完全復刻コレクション マジンガーZ(4800税別)が発売中止になったそうです。

PB213148.jpg

該当時期のテレマガは手元にあるものの切抜きや付録の欠損もあるから、書籍にまとまってきれいな状態で見られるのを楽しみにしていたのですが…

予約していた本屋さんが問屋から聞いたところでは延期ではなく企画自体が中止とのことで、残念です。
詳細はわかりませんが、いずれ仕切り直して復活してほしいですね。





以下、ついでに。


PB213146.jpg
発売中のフィギュア王№261でザ☆ウルトラマンの関連商品が特集されています。
オモチャ、プラモデルから音盤、お菓子、書籍まで及ぶ充実した内容です。
ソフト人形では巨大変身ボックス、プラモではロッテ版スーパーマードック完成品なども掲載されて、先ごろの80との混載ムックに感じた不満が一掃されました(^^

もうすぐ来月号が出てしまうので、気になる方はおさえておきましょう、オススメです。



PB213151.jpg
アニメック・ガンダム40周年記念号。
立ち読みしてみたら、懐かしのゴミクションのページに未来少年コナン・コーンスナックのオマケカード全10種が掲載されていたのでついつい購入。
シール・カードとも10種類しかなかったと初めて知りました。

本誌の内容としては、アニメック初期のガンダム絵ハガキなどの商品に安彦氏の作監修正が入っていたというのはトピックですが、他にはあまり興味を引かれる記事はありませんでした。
SFヒーロー列伝・快傑ズバットもカラー写真1Pがよかっただけだし…(-_-

かねてから、「作り出した人」と「居合わせた人」はまったく異なると考えています。
居合わせただけの人の談話は、やはり相応の内容でしかないと思ってしまいます…
スミマセン、生意気ですね(^^;

[ 2019/11/21 22:38 ] 暫定 | TB(-) | CM(3)

《再掲》 ヒーロー立像型自販機


2016年10月10日投稿の再掲載です。




 ヒーロー立像型自販機 



ブルマァクミニミニ怪獣を取り上げた際、初期の販売経路は帰ってきたウルトラマンの立像型自販機だったことに触れました。

ブルマァクのヒーロー立像は新マン自販機と自販機機能のないミラーマンディスプレイが確認されています。
トリプルファイター自販機も存在していますが、ブルマァクによる展開だったのかは未確認です。



同時期にタカトクも、同じタイプのヒーロー立像型自販機を展開しています。画像はトイジャーナル1973年1月号(東京玩具人形問屋協同組合)より。
ブルマァクと同じ造形の新マン・ミラーマンをはじめさまざまなヒーローの立像型自販機が存在しています。

これらのヒーロー立像は上掲の両画像に記載のある日本娯楽機株式会社が製造元となっており、同社は電動ムーバーなどの遊具を生産・販売する会社だったようです。



画像は毎日グラフ1972年9月10日号より、日本娯楽機の工場内と思われる写真です。
いずれも自販機タイプのウルトラマンエースとバロム1が量産されています。
バロム1はボディが緑とカーキの2種が作られているのがわかります。



こちらは同工場で出荷を待つムーバー用パーツの写真。
ヒーロー立像も基本的にはこうした遊具の一環として日本娯楽機が制作したもので、ブルマァクやタカトクは自社の玩具販売を目的に同社と提携していたのでしょう。
自販機機能のないタイプは、他の遊具と同様に遊園地やデパートなどにもディスプレイとして販売されていたと思われます。

自販機立像にはブルマァク・タカトクが商品展開していない突撃!ヒューマンも存在しているそうなので、日本娯楽機と手を組んだ玩具会社は両社だけではなかったようです。
ただしヒューマンのメインスポンサーだったヨネザワがカプセル用のヒューマン玩具を制作・販売していたのかは未確認です。

または日本娯楽機は純粋に「自販機」としてヒーロー立像を販売し、カプセルに入れる玩具は購入業者がヒーローに関係なく自前で用意するような場合もあったのかもしれません。

ヒーロー自販機は耐久性が高いので、そのヒーローの放送終了後にも稼働している場合には例えば新マン自販機からエースのオモチャが出てくるとか、ライダー1号自販機からV3のオモチャが出てくるようなケースは当然あったと考えられます。
その意味では、立像のヒーローと出てくるオモチャが必ずしも一致していないことも珍しくはなかった可能性があり、極端な場合にはヒーローとは無関係なノンキャラクターの駄玩具が出てくることもあったのではないかとも想像されます。
ヒューマンの自販機で売られたのが必ずヒューマンのオモチャだったのかどうかは、わかりません。






タカトク・ジャンボキャラクターで販売されたカプセル玩具の現物、仮面ライダーと帰ってきたウルトラマンです。



直径75ミリほどのカプセルは片側にタカトクの刻印があります。


カプセルの合わせ目はセロテープで封をされ、版権証紙とSTマークが貼られています。
画像は帰ってきた~のSTマークで、ナンバーは72年の発売を示しています。
表示の社名は「栄進堂」となっており、おそらくタカトクの下請けのようなかたちで玩具制作を担当していたものと思われます。
栄進堂の自社発売玩具としてはアイアンキングミニ人形の台紙パックセットなどが存在しています。



帰ってきた~カプセルの内容物全容。
ミニ人形2個、プラ製コマ3個、6枚つづりのシールで構成されています。



こちらはライダーの内容物ですが、中古で入手したので新品状態がこの通りだったのかは断定できません。
帰ってきた~より小さめのミニ人形が3個、プラ製バッヂ(安全ピン付き)が3個、そして6枚つづりのシール。
イラストの作者は関口猪一郎氏ではないかと推測しています。



ウルトラ系ミニ人形、向かって左からアーストロン、ウルトラセブン、初代ウルトラマン、ゾフィ、ゴルバゴス。
怪獣は金型からの抜きの関係で平べったい造形になっています。


同様に仮面ライダー、アリキメデス、モグラング。


同じシリーズと思われるキカイダーミニ人形、画像の現物はタカトクの台紙セット玩具に同梱されていたもの。
左からグリーンマンティス、グレイサイキング、キカイダー、オレンジアント、ブルーバッファロー。
他にも同タイプのミニ人形にはシルバー仮面やバロム1も存在しています。

これらのタカトク製ミニ人形は、いかにも駄玩具然とした荒い造形が特徴となっていてちょっと残念です。



同時期のブルマァクミニミニ怪獣と同一キャラクターで比較してみると、その違いは一目瞭然です……




立像化されたヒーローは、1971年放送の仮面ライダーと帰ってきたウルトラマンに始まって翌72年度までに登場したものに集中しています。
73年度のヒーロー立像はウルトラマンタロウのみで、その生産数はきわめて少なかったようです。

また1966~67年の第一次怪獣ブームではこうした立像やムーバーなどは存在しなかったようです(一部アニメキャラクターのムーバーのみ確認されています)。
なぜ第二次怪獣ブームのこの時期にだけヒーロー立像が作られたのでしょうか。

理由のひとつとして考えられるのは、当時の社会環境の変化です。
玩具業界は戦後一貫して輸出産業として成長していましたが、1971~73年には円の切り上げから変動相場制への移行が起こっており、国内需要に軸足を移さざるを得ない状況に追い込まれていたようです。
昭和30年代まではまだまだ貧しかった日本の一般家庭も40年代後半にはかなり豊かになってきていたことも、国内重視の方針を後押ししたと思われます。

オモチャを国内でこれまで以上に売っていこうとした時、児童間では第二次怪獣ブームの嵐が吹き荒れていたのでその流れに乗って、勢い余ってヒーロー立像のような高額品まで登場したのかもしれません。

とはいえ高額で耐久性も高いヒーロー立像は、個人経営の玩具店などは2台3台と導入できるものではありません。
72年度までは勢いまかせで商品数を増やしたもののやがて上限に達してしまい、73年度以降はほとんど新規展開できなくなったのではないでしょうか。
73年度後半以降の石油危機もさらなるマイナス要因になったと思われます。


1972年前後の特撮ヒーローがずらりと揃ったヒーロー立像は、毎日複数の特撮番組が放送されていた変身ブームの空前絶後の熱狂の記憶とも重なって、特定世代にとっては忘れがたい存在になっています。


[ 2019/11/21 00:37 ] チープトイ | TB(-) | CM(0)

《再掲》ブルマァクミニミニ怪獣2


2016年6月26日投稿の再掲載です。




ブルマァクミニミニ怪獣2




ブルマァクが1971年から発売した5cmほどのウルトラミニミニ怪獣シリーズについて、前回の続きです。




販売形態が多様なので便宜的に六つのタイプに大別してみました。

Aタイプ……ブルマァク無塗装
Bタイプ……ブルマァク塗装済み
Cタイプ……ブルマァク消しゴム
Dタイプ……丸越?消しゴム
Eタイプ……セアーズ磁石版
Fタイプ……詳細不明

上記6タイプのうち、今回はC~Fタイプについて取り上げます。




Cタイプ



1975年にミニミニ怪獣をいわゆる「消しゴム」の材質で成型し、主に駄菓子屋や文具店などのルートで流通したと思われるタイプ。
刻印などに変更はなく、同時期にミラーマン怪獣や東宝怪獣も同様に消しゴム化されています。



単体で袋入り、紙ヘッダー付きの仕様です。


本体成型色は画像の5色以外にも存在する可能性があります。


ヘッダーは2種類確認していますが、どのように使い分けられていたのかは不明です。
記載されたSTナンバーはどちらも同じで1975年発売を示しています。


写真ヘッダーには50と書かれているので価格は50円だったと思われます。
なお、A・Bタイプで確認された24種類のすべてが消しゴムになっているかどうかは未確認です。




Dタイプ



ブルマァク倒産後の1978年に丸越?から発売されたもので、Cタイプと同じ消しゴム人形です。
袋入り、ガチャガチャ、バラ売りなどさまざまな形態で流通していたようです。
画像の6色に茶色を加えた7色が確認されています。


これが茶色の現物です。
ブルマァクで作られた24種類すべてが存在するのかどうかはわかりません。



本体背中の刻印はブルマァクの社名が消され、新たに怪獣名が入れられているのでCタイプと区別できます。
ただし怪獣名の刻印が無いもの(モグネズンなど)もあり、社名の刻印はありません。


また、本来プラ成型のために作られた金型でそのままゴム成型を行っているため、成型品を型からはずす突き出しピンが本体を深くえぐってしまっている部分が見受けられます。
画像はキングジョー脚部の突き出しピンの跡、向かって左がBタイプ、右がDタイプです。



当ブログではDタイプは画像のような2体セットの袋入りを確認しています。
同梱された小サイズの消しゴムは、怪獣にはポピーの、ヒーローには(P)の刻印があります。
この消しゴムを発売したのはポピーなのでしょうか?


ヘッダーには会社名表記はありませんがやはり(P)マークがあり、イラストはポピーのキングザウルスシリーズと同じものです。
同梱のミニカタログにも社名表記はないもののキングザウルスシリーズの写真が使用されています。


2体セットが40個入った大箱がこちら、やはり会社名表記は無く(P)マークのみです。
デザインや使用されている写真はキングザウルスウルトラマンの台紙に酷似しています。


箱側面にはNO.50  40個入と表記され、価格は50円だったようです。


この時期の(P)マークは、ポピーによる販売権の許諾を意味しているようです。
これは本来ならポピーが販売権を持つ範囲の商品であっても、流通や価格などの条件がポピーとバッティングしない場合には他社に限定的な販売権を許諾するというような意味合いだと思われます。

この怪獣消しゴムの場合には、玩具店流通のセット売り商品(怪獣カセットや怪獣コレクション112など)はポピーが自社展開するが、駄菓子屋などでのバラ売りやガチャガチャなどの低価格品については他社に販売権を許諾し、商品自体の供給も行っていたものと考えられます。
画像の2体セット同梱の小サイズがポピー製であることやデザイン素材がポピー製品と共通しているのはこうした連携事情によるものと想像されます。

では、ポピーから許諾を受けてこの怪獣消しゴムを販売していたのはどんな会社なのでしょうか?
一般的にはそれは「丸越」とされているようですが、この商品についてはこれ以上の手がかりはないので判断しかねる状態です。
この2体セットが丸越製とわかる論拠をご存知の方はご教示いただけたらと思います。




Eタイプ


セアーズという会社から発売された、磁力を帯びた素材で成型されたタイプ。
元ブルマァク経営陣の一人だったいしづき三郎氏が企画した製品です。

背中の刻印はDタイプと同じになっており、1979~80年ころ以降の発売のようです。
「磁力戦」の名称でセット売り、袋入り、ガチャガチャなどさまざまな形態で販売されており、同シリーズには画像向かって右のウルトラマンのようにブルマァク型以外のものも存在しています。


セット売りの一例、ウルトラマン磁力戦DXセット。
他にもより豪華なケース型の「ウルトラマン怪獣軍団36磁力戦」など、さまざまなセットがあるようです。


素材の特性か、角などの細部は欠けやすいようです。
塗装色はメタリックの赤・青・黄・緑・銀の5色。
ブルマァク流用怪獣は14種類を確認していますが、全24種が存在するのかはわかりません。




Fタイプ


消しゴムではなく、艶のある通常のゴム素材で成型されているタイプ。
背中の刻印はD・Eタイプと同じなので、それらと同時期かそれ以降の流通と思われます。
画像はレオ関連だけですがカネゴンやバルタンも存在しており、他に赤の成型色も確認されています。

ガチャガチャなどで販売されていたようにも思えますが、詳細不明です。
販売状況などをご存知の方はご教示いただけたらと思います。




以上のように、ミニミニ怪獣はブルマァク時代もその倒産後もたいへん多様な形態で流通しており、全容の把握はなかなか困難なようです。




個人的には、71年の発売当初に初めて手にした時に、小サイズにもかかわらず非常に丁寧で質の高い造形であることが印象的でした。
カネゴンやバルタン星人などは、全体のバランスはソフト人形にならった玩具的なものですが彫刻自体はきわめてシャープで丁寧な造形です。
マット隊員は当時のスケールモデルにも引けを取らないリアルさだし、グドンやサドラーのかっこよさも格別なものと感じます。

ミニミニ怪獣の初期ラインナップは、同時期のポピーやタカトクなどの競合品とは一線を画す完成度でした。
また、美研のスケールモデル怪獣のようなリアルさの追求ではなく、オモチャとしての品の良さを守った範囲で高い完成度を目指している姿勢が好ましく思えます。

こうした方向性は、1978年以後の多くの怪獣消しゴムやHGシリーズ以降のリアル指向とは異なるもので、ブルマァク独自の魅力だったと思います。




参考

ブルマァクがウルトラと同時期に展開していた他作品のミニミニ怪獣も挙げておきます。


ミラーマンシリーズ、1971年末~72年の発売と思われます。塗装済みのBタイプは確認されていません。
ダークロン、マルチ、キティファイヤーは完成度の高さが驚異的です。



東宝怪獣シリーズ、1974~75年の発売と思われます。
中央の青いゴジラはAタイプ、モゲラはBタイプ、その他はCタイプの消しゴムです。





[ 2019/11/20 00:01 ] チープトイ | TB(-) | CM(0)

《再掲》ブルマァクミニミニ怪獣1


2016年6月25日投稿の再掲載です。




ブルマァクミニミニ怪獣1




ブルマァクが1971年から発売したミニミニ怪獣シリーズ。
5cmほどのサイズでワンパーツ、ムク成型の怪獣人形で、ウルトラ怪獣、ミラーマン、東宝怪獣、冒険ロックバットの4シリーズが展開されたようです。
今回はこれらのうちウルトラシリーズのものを取り上げます。




ウルトラのミニミニ怪獣はさまざまな形態で販売され、ブルマァク倒産後も他社が金型を引き継いで生産を続けたため多くのバリエーションが存在しています。
当ブログではキャラクターとしては以下の24種を確認しています。



ウルトラQよりカネゴン。背面の(C)円谷プロ、ブルマァクの刻印は以下の怪獣もすべて同様です。



ウルトラマンよりウルトラマン、バルタン星人、メフィラス星人。
ウルトラマンとバルタンの造形はスタンダードサイズソフト人形によく似ています。
メフィラスはおかしなところに目玉?が描かれています。



ウルトラセブンより、セブンとキングジョー。



以下は帰ってきたウルトラマンより、マット隊員、タッコング、サドラー、デットン(あるいはテレスドン?)。


グドン、ツインテール、ゴーストロン、ダンガー。


ゴルバゴス、モグネズン、シーゴラス、ゴキネズラ。
ウルトラQから帰ってきた~までの怪獣は緻密でシャープな出来のものが多いですが、デットン・モグネズン・シーゴラス・ゴキネズラはやや大味な造形です。
これらは別の原型師が担当しているように思えるので、二次発売分としてあとから追加された可能性が考えられるかもしれません。



1974年のウルトラマンレオ放映時に追加された6体、レオ、カーリー星人、カネドラス。


ロン、ベキラ、ギロ星獣。




以上24種類のキャラクターが、さまざまな仕様・形態で販売されています。
今回は仮に六つのタイプに大別してみました。



Aタイプ……ブルマァク無塗装
Bタイプ……ブルマァク塗装済み
Cタイプ……ブルマァク消しゴム
Dタイプ……丸越?消しゴム
Eタイプ……セアーズ磁石版
Fタイプ……詳細不明

以下、各タイプごとに詳しく見てみます。




Aタイプ


最初に発売された硬質プラ製で無塗装のタイプ、赤・青・黄・緑・黄緑の5色が確認されています。
販売時期によって赤・黄・緑にはそれぞれ色の明るいものと濃いものがあるようです。



Aタイプの流通経路は多岐にわたっていますが、当初の単独での販売はカプセル自販機だったようです。
画像はブルマァクのチラシの復刻版(ブルマァクコレクションボックス同梱)より、この時点では「ミニ怪獣」シリーズという名称になっています。

この時期のヒーロー立像型カプセル自販機は「タカトクのジャンボキャラクター」と紹介されるケースが多いですが、帰ってきた~に関しては同じ筐体をブルマァクも使用していたことがわかります。
これはブルマァクとタカトクが、チラシに記載のある日本娯楽機という会社と個別に契約してそれぞれに商品展開していたと考えれば不自然ではありません。
のちのミラーマンでも同じ立像をブルマァクは展示用、タカトクは自販機として使用していました。


ブルマァクのカプセルの現物は手元にないので、タカトク版のカプセルを使って販売状態を再現してみました。
画像では6体入れていますがまだ余裕があり、実際に何体入っていたのかはわかりません。
価格も不明ですが、タカトク版が100円だったのは確認済みなのでおそらく100円と思われます。

1971年に私が初めて手にしたミニミニ怪獣はこのカプセル商品でした。
東京に旅行に行った親戚から、お土産として兄とひとつづつもらったことを憶えています。
画像の緑のカネゴンはそのころからずっと手元にあるものです(^^



同時期にAタイプは画像のような金庫や貯金箱の付属品としても同梱されています。
画像はコレクションボックス同梱の復刻カタログより。
また、アルバムと大判ブロマイドとミニミニ怪獣4体をセットにしたちょっと変わった商品もありました。

他に、ブルマァク製のウルトラメカなどのプラモデルにサービスとして同梱された可能性もあります(ミラーマンのミニ怪獣は同梱が確認されています)。



1972年にはプラケース入りのセット品も発売されています。
画像のセットにはウルトラマンAのスーパーボール3個とミニミニ怪獣5体(うち1個はミラーマン怪獣)、ミニソフト人形のカタログが同梱されています。


こちらのセットはミニ怪獣12体と東京タワー、ミニカタログが同梱されたもの。


商品全容、カタログはなぜか2冊入っていました。
ウルトラマンレオの怪獣が含まれているので製造は1974年以降ですが、STナンバーは1972年になっているので発売自体は72年と思われます。
そのためかエースの証紙が貼られています。


こちらのセットは中古状態で入手したので詳細不明ですが、ミニ怪獣10体が入っています。
帰ってきた~の証紙が貼られているので71年に発売されたものかもしれません。


これらのセットを並べてみると、中古のもののみフタパーツの厚みが小さくなっています。



1974年には台紙パックのセット品が発売されました。
人形の色調や質感は上記のタワーセット同梱品と同じで、74年生産分は全体に明るい印象です。
黄緑成型は74年から導入されたようです。




他に、Aタイプは他社の食器のオマケにも使用されています。
メーカーは新潟の布施洋食器工業で、円が三つ並んだ社標からミツワマァクが通称だったようです。
「マーク」ではなく「マァク」としているのは、当時破竹の勢いだったブルマァクにあやかっているのでしょうか?
同じシリーズの帰ってきた~の丸皿にも怪獣2体付きのものが確認されています。

ミラーマンはまだしも、おはよう!こどもショーにまでウルトラ怪獣を付けているのはやりすぎ感があります。
これも当時の第二次怪獣ブームの勢いと、版権事情のゆるやかさの結果でしょうか。




Bタイプ


やや軟質の素材に塗装が施されたタイプ。
1974年のウルトラマンレオ放送時の発売と思われます。



Bタイプは「18点ミニミニウルトラ怪獣軍団」というセット売り専用だったようです。
画像は復刻カタログのもので帰ってきた~までの18点が入っていますが、実際に販売されたものはレオ関連の6種が含まれていたものが確認されています。


またレオの6種はアクションレオという可動人形にも同梱されており、そのためか彩色パターンのバリエーションも存在しています。
画像は復刻カタログより。



Bタイプの彩色バリエーション、カネドラス。


カーリー星人。


ロン、向かって右は角が欠損しています。


ベキラ。


ギロ星獣は他4種のような大きなパターン違いは未発見ですが、画像左はゴールドスプレー、右の触角欠損個体は黄色のスプレーになっています。


レオ怪獣以外のBタイプにも、微妙なバリエーションが存在しています。


画像のバルタン星人は成型色のグリーンの色調が微妙に異なっています。
同じパターンはカネゴンにも存在しています。


キングジョーも同様で、さらにスプレー色に赤と茶の違いが見られます。


モグネズンは赤い成型色の色調が大きく異なっています(向かって左は落書きあり)。



また、ゴキネズラとデットンは東宝怪獣の「ミニミニ怪獣18セット」にも同梱されており、そちらは水色成型だったようです。
画像は怪獣・ヒーローお宝鑑定カタログ1998年版(朝日ソノラマ)より。




C~Fタイプについては次回取り上げます。



[ 2019/11/19 00:14 ] チープトイ | TB(-) | CM(0)